∴季節物・誕生日∴

□2023年 イル誕
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職員玄関の扉を開けて外へと踏み出す。まだ外は明るい。気がつけば日も長くなってきているから夕方だという感覚さえ無くなっているこの頃だ。
受付業務もなく珍しくアカデミーでの残業もなく久しぶりに明るい内に帰宅する事が出来た今日は、偶然にも俺の誕生日。今年はいつも祝ってくれている仲間もそれぞれ任務に就いていて里には不在だった。
ひとりで迎える誕生日は何年ぶりだろう。たまにはいいかもしれない。美味しい酒と何か甘いものでも買って帰ろうと思う。なので木ノ葉商店街へと足を向けた。あそこなら酒屋もあれば菓子屋もある。なんなら何でも揃う小さなスーパーだって有るんだ。
『いくらなんでも一楽での"一人ハピバ俺!ラーメン"はやめとこう。』
今日はそう心に決めていた。寂しすぎるだろ。
商店街は買い物客もちらりほらりといる程度になっていた。今頃は皆もう食事を作っているか食べ始めている時間なのだろう。歩いているのは俺の様に仕事帰りか任務帰りと見受けられる者がほとんどだ。
『酒は最後に買おう。重いしな。』
酒屋の前を通り過ぎ先に惣菜屋の前に行く。グラムで量り売りもあるが、既に大小のパック詰めにされている物もある。俺は唐揚げの大パックを一つ手に取る。すると店のおばちゃんが声をかけてきた。
「なんだい先生、また唐揚げかい。ほら、これサービスでつけるから持って行きなさいな。」
そう言うと根野菜の煮物が入ったパックを唐揚げの上に乗せてくれた。
「野菜も食べなきゃダメだよ!」
顔見知りのおばちゃんのその親切に甘えて「えへへ。ありがとう。」と唐揚げの料金を渡して袋に入れてもらい店を後にした。
『ケーキ屋に行ってしまうと酒屋までまた逆戻りしなきゃならんな…。』
やはり酒を先に買うことにする。一升瓶を買う訳では無いからいいかとほくそ笑む。俺は酒屋で小瓶の良い酒を買うと再び商店街の奥に有るケーキ屋へと向かった。そこでケーキのひとつでも買えば、あとはそのまま商店街を通り抜けて自宅アパートへの道へと出るのだ。
『モンブランにしようかな〜♪苺のショートにしようかな〜♪』
ケーキなんて久しぶりだ。顔には出さないがルンルン気分でケーキ屋の前に到着した。
「あれ?イルカ先生?」
「え?」
振り向くとはたけカカシ上忍がちょっと驚いた顔(と言うか右目)でこちらを見て立っているではないか。
カカシさんと言えば今年の春にアカデミーを巣立っていったナルトやサスケ、サクラの上忍師だ。数ヶ月前に御挨拶をし、その後も受付や里内で何度かお会いした事がある方だ。筋骨隆々という訳では無いがシュッとした良いスタイルの持ち主で美声だし口布の下の素顔もイケメンだと言われている人。そして飄々としているが腕も立ち、里一番の忍者なのに階級が下の俺のような者にも気軽に親しく声をかけてくださる方なのだ。
「今お帰りですか?受付は休み?」
「あ、はい!今日は早く帰れる事になって…。あ、カカシさんもお帰りですか?」
「俺は単独任務の帰りでね。これからまた違う任務の打ち合わせもあるんだけど…。なに?ケーキ買うの?」
「!あ、いえいえ!ははは!なんか甘いものが食べたいな〜と!」
いきなり「誕生日なんで!」と言うとアピールしているようなので笑って誤魔化した。
「甘い物食べたいの?」
「たまに食べたくなりません?へへっ、俺は甘いもの好きなもので…。」
「じゃあこれあげる。」
「へ?」
目の前に差し出された和紙で包まれた小箱。俺はそれをキョトンと眺めた。
「今日の任務先の女主人がさ、あ、ご高齢ながらも綺麗な方なんだけどね、御礼にって饅頭くれたの。有名な店のらしいけど俺は甘い物苦手だし、任務の打ち合わせにくノ一も二人来るからね。あげようかなと思ってたとこ。」
「え!そんな!それではそのお二方に差し上げてください。」
「いいよ約束してた訳でもないし、今すぐ手放せれるなら甘い物食べたい先生にお譲りした方がいい。ね?ほら。」
「え?あ……。」
カカシさんは俺の手を取るとその手のひらに菓子折を乗せた。
「あの…本当に良いのですか?」
「うん。ケーキじゃなくて和菓子だけど我慢して。」
にこにこと右目を弓なりにさせると「じゃあ。」と片手を軽くあげて俺の帰路とは反対に商店街の奥へと歩いて行ってしまった。
俺はその後ろ姿に深くお辞儀をして再び菓子折に目を落とす。
『ケーキを買わなくて済んだのはいいが今度御礼をせねば…だな。』
こんな高級そうな包みの菓子なんて、数年前に三代目から頂いた何処ぞの羊羹を食べて以来だ。
「てか、これってカカシさんからのプレゼントって思ってもいいかな?」
そう気がつくと嬉しいやらおかしいやらで帰る足取りも軽くなり楽しい気分になってきた。あの人は知らないでたまたま見つけた俺に押し付けるようにくれたのだろうけど、それが今日誕生日の俺にとっては唯一の贈り物になったのだ。
『とりあえず甘い物も手に入ったし、一人誕生会でも慎ましく行うとするか。』
菓子折の包みの結び目を摘むように持つとそれを目の高さより上に掲げまじまじと見つめながら俺はふと思った。
『もしカカシさんがこのあと打ち合わせでも無ければ、一緒に酒でもどうですか?なんて俺ん家に誘っ…』
えるわけもないか。いい事考えついたように思ったけど、あんな凄い人が教え子繋がりで知ってるからって俺みたいな一介の中忍からのそんな誘いに乗るわけは無い。馬鹿だよな俺!
ふっと一つため息をついて愛しの我が家へと歩き出した。


任務の打ち合わせがあるなんて嘘だ。単独任務は本当に行って帰ってきたばかり。でも饅頭が貰い物っていうのは…それも嘘。イルカの為に買ったものだ。
『甘い物が好きだってナルト達から聞いていたし…』
今日が誕生日だという事も。
初めて挨拶を交わした時から彼の表情や声に惹かれていた。暫くは自分の気持ちに戸惑っていたが、気が付けば彼の姿を目で追い、声を耳にしただけで胸が高鳴るのを抑えられなくなっていた。
そんな日々が続くとさすがの自分もその気持ちの意味がわかった。
恋だ。俺はうみのイルカに恋をしているのだ。
『まいったね。恋をするとこんな気持ちになるなんて。しかも俺って意外と臆病。』
とてもじゃないけどこちらから好きとは言えない。男同士だからなおのこと。遠回りでも少しづつ彼に近寄ることが出来たら…とは思っている。
彼の教え子を受け持っていてラッキーだった。色々と彼の情報は黙っていても子供達の会話で知る事が出来るのだ。単独任務に行く前日に子供達の会話から今日が彼の誕生日だと知った。任務の後に彼の為に喜びそうな菓子を俺は自ら買ったのだ。これなら貰い物だと言い訳もつくし渡しやすいから。
『本当は飲みに誘いたかったけど…。』
来年の彼の誕生日迄には一緒に飲みに行ける間柄になっていればいいなと、いつ死ぬか分からない忍のくせに呑気に考えた。
とりあえず、今年はプレゼントを渡せたって事で良しとしよう。来年はもっとちゃんとした物を渡せる仲になっていればいい。
『誕生日おめでとうイルカ先生。』
プレゼントの菓子折を掲げて眺めながら楽しそうに帰る後ろ姿をカカシは優しく微笑んで見送った。


HAPPYBIRTHDAY イルカ先生








 



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