森と君と+呪いたち

□1.呪いたち
3ページ/7ページ

 ぞわわ、と鳥肌を立てるランを無視し、ヌーナも、ふと、レンズとともに窓の外の果実を見つめる。

 毒を帯びた果実を食べにきたらしい。何らかの黒いドラゴンっぽい生き物が、喜びに満ちた目で、果物を貪り始めているのが見えた。厳つい顔をした、ひと目見ただけで背筋が凍りそうな神竜で、ときどきこの地域を飛んでいる。

「……りゅうたん、今日も毒々しい食べ物にありつけて良かったね……」

「あの毒は《ああいう》生き物には効かないのよ。きっと」

「レー様は、心が清らかだからダメージをくらうのね……」

ヌーナは、答えない。
先ほどの口汚い二人の喧嘩を思い返してから、曖昧に笑っただけだ。

 ランは、そんなやりとりの中で気を取り直すと、今日も、窓辺に置いた、小さな鉢植えに話しかけ、壁にかけていたじょうろで、水をわずかに与える。

「親友」なのだという。
彼は、ずっと『親友』が、顔を出すのを待っているらしい。

ヌーナは当初、それを聞いたとき、「なんだこいつ……」と容赦なく思っていたものだが、あまりに真剣な彼を見ているうちに、本当に『親友』なのだろうと、思えるようになった。

「親友は、『種』になってしまった。だからおれは、守って、待っているんだよ。ずっと──あいつが育つのを」

それが、彼の言ったことだ。その正しい意味は、彼にしかわからない。だが、彼は自分のことをあまり話したがらないので、誰も聞けずにいる。

話しかけながら、嬉しそうに鉢を抱えているランは、ヌーナが複雑そうにそれを見つめていたのに気付くと、嫌そうに睨み付けた。

「毒になんかさせない」

「しないわよ。触らないし」

 それを聞いたヌーナも不愉快に顔を歪める。なんでもそうやって毒にすると思われるのは、寂しい。

 地元の一家にそう思われて、地元を出てきたからこそ、ランにそんな風に言って欲しくなかった。

「……こいつ、芽が出てもう少し大きくなったら、森に植えてやるつもりなんだ。その前に、ヌーナの呪いが無くなればいいけど」

ランは彼女の顔色に気付かない。ヌーナは、ただ寂しそうに、ランから目を逸らす。
それに気づいたレンズは、がーっと歯を見せて威嚇するように、ランに言う。

「そんな言い方しなくてもいいじゃん。レー様は知っているよ。ヌーナちゃんだって! 好きでこんな……」
「どうして女子はいちいち自分は関係ないのに群れて庇いたがるんだ?」

「あーもう! そういうことじゃないってば!」

「あのな……これはヌーナの問題だし、おれの問題だ。怒ったり邪魔だと言ったんじゃない。ただおれは、とても大事なんだ、この鉢植えが。だから、その。信用しないわけじゃないが、心配になってしまうんだよ」
ランは、突如間に入ってきたレンズに不思議そうな目を向け、それからヌーナにすまない、と謝った。

「別に、事実を言われたのだもの、謝らなくていいわよ」

ヌーナは少し眠そうにそう言うと、冷やすための氷の入った木の箱を開ける。電力を使わないタイプの、古い冷蔵庫だ。

「へえー、ヌーナちゃん、おっとなー」

レンズは感心した声を上げながら、ミント色の髪をふわふわ揺らす。
ヌーナは冷蔵庫から水のびんを取りだしながら、レンズを見つめた。

「……明らかに事実と違うとか、明らかに向こうの一方的な誤解や、勝手な言いがかりとなれば、私だって怒るわよ。正しいことや、欠点は──つらいけど、ある程度仕方がないわ。直せない私にも落ち度があるもの」

「えー、レー様はそんなのできないよ! 全部怒って、バリバリドカーン!! 問答無用だよ。腹立つもん」

「あなたは良いわね。私も、あなたみたいな強さが欲しかったな」

「レー様も、ヌーナちゃんみたいな冷静な強さが欲しかったよ」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ