森と君と+呪いたち
□1.呪いたち
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呪いたち-第2幕 夢喰いの漠
ヌーナには気にかかることがある。
手に手袋をはめ朝食の後片付けをしながらひっそりと息を吐いた。
何度も読んだ本にも載っていたが、目指す大陸の途中にはどうやら『夢喰い』という生き物が居るらしい。
その特性から通称は漠(ばく)。 しかも近頃のの漠は凶悪化しており、人の姿にも成り代わり夢を喰らうのだという。
レンズはというと「うまく殺して薬の材料にするんだ!」と意気込んでいる。
「呪いは食べてくれないのかしら……そうだったなら、楽なのに」
皿を拭きつつ、ヌーナは、重たい気分をごまかすように彼女を見た。
「パールと似てて、漠って性別が無いんだって! どんな見た目かなぁ、高く売れるかなぁ」
レンズがちらりと部屋の奥を見ると、パールがそこに立って居た。
「魔法使い、なんの話だ?」
「あのね、夢喰いの漠って子の話! いろんな人に化けて出てきて、あと、性別がないんだって」
パールは何か本を手にしたままゆっくり頷いた。
「あぁ……確かに今、噂になっているね。
漠には性別がないのか。
この僕はあくまでも魚人族だからね、魚人族は群れの雌雄の個体数次第というところかな、あるという意味では在るが、決めていないというところか」
「夢を食べるんだよ!」
レンズは、新しい薬の材料に
わくわくしているらしく、やけに輝いた瞳でパールに話しかける。
「夢、ね。夢など食べられるだろうか?」
「最近は、凶悪化してて、人に成り代わって悪さしてるんだよ」
2019.6.07.21:14
2020.04.29.0:18
「そこまで困窮しているのだろうか」
パールは考え込んでしまった。
「そうまでして、他人の夢を食べたいだなんて……」
「それなら俺の悪夢も、食べてくれるかな」
食後にしばらくベッドで寝ぼけていたランの耳にも話題は入っていた。
部屋に来るなり呟いた。
ランは過去の、夢をずっと持っている。
それは生きるために沢山殺して食べてきたという夢で中には人間を食べたものもある。
真っ暗な森の中で、毎日血を浴び続けるおぞましい夢なのだ。
叫び声の中で、カラカラと乾いた音で転がる骨や残骸を踏みつけて歩き続ける。
夢だというのに死臭がする。そういう夢を長い間見ているので、この話題は気になって仕方ない。
「悪い夢はこわいね、よし、獏が居るのなら会いに行って食べてもらおー!」
レンズが両腕を天に突き上げて喜んだ。
「そうだな、獏は見境が無い程空腹なのかもしれない。質量と重みのある夢を食べさせて、お互い笑顔になるかもしれないな」
パールは名案だ、と口にする。
レンズは殺して売ると言った手前でうーん、とうなっている。
ヌーナは食器をしまいおわったのを確認し終えると、獏がおなかいっぱい悪夢を食べるところを想像してみた。
「確かに、その悪夢で凶悪で無くなったら凄いことよね、なんだか悩んでるのも馬鹿らしくなってきちゃった。それがいいわ、行きましょう」
よく晴れた空にはちょうど、ばさばさと大きな翼を広げながら、竜が飛んでいる。
レンズは窓からぴょんぴょん飛び跳ねながら竜に向けて手を振った。
「りゅうたんは、知ってるかな、夢喰いの縛の居場所! おーい!」
声が聞こえたのか、りゅうたんはちらりとこちらを見る。
「レー様たち、獏に会って、悪い夢を食べてもらいたいの!」
夢が食べ物にしか見えないなら、もしかしたらそんなに辛くなく、簡単に食べてしまえるかもしれない。
何も感じないままにそれが出来てしまうのは人間や知性のある一部の生き物のとってはとても魅力的だ。
「そうだ、みんなの悪い夢ももっていかない?」
レンズは目を輝かせる。
「いーっぱいあったほうが、きっと、おなかいっぱいになるよ! 漠が食べてくれるっ! 私も、何か探してみる!」
「悪夢……そっか、夢って、いいことばかりじゃないものね」
ヌーナも、淡い期待を抱いた。
自分の悪夢。
爪から毒が滴って、皆が死んでいく……故郷も滅びていく。
もしも、それを、誰かが少しでも食べてくれるなら?
人を襲うほどに空腹な漠も救われ、自分の枷である悪夢も軽くなるとしたら、これほど幸せなことがあるだろうか。
「呪いは食べてくれない、けど、悪夢は食べてくれるかも」
故郷の村が脳裏に浮かび上がる。
もしかしたら、村中の悪夢を、獏に上げることができるんじゃないだろうか。
そしたら……あの子も、あの子も、笑顔になってくれるかもしれない。
「ハハハ、消化不良を起こすくらいの、でっかい夢を持っていくか」
パールは何かツボに入ったのか、とても嬉しそうだ。
「パールにも、悪夢、あるの?」
ヌーナは後片付けを終えて少し手持ち無沙汰だと思いながら聞いてみた。
「この僕にも、そのくらいはあるのだよ。海草サラダのことも、故郷の海のことも、いろいろね」
パールは少しだけ悲しそうにしたものの、すぐに元気を取り戻した。みんなこれから持っていく悪夢で頭がいっぱいだった。
獏が食べきれない程の夢なんてあるのか、夢の質量はあるのかわからない。
けれど、良い夢も悪い夢も、夢は夢だ。
背に腹は変えられないし、空腹を満腹にするのは、食事なのだ。
「そうだっ! りゅうたんにも悪夢があるかも!」
レンズは思いつくなり勢いよく、地上への階段に繋がる木のドアを開けた。
「ねぇ、あなたならどんな夢を、食べてもらいたい?」