森と君と+呪いたち

□5:きみを呼んでる
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     5

「ここは、どこ……」

さっきまで、なにか、懐かしい夢を見たような気がする。
そこから覚めて、セイが気が付いたとき、そこは深い森の中だった。

さっきまで何があったのか、記憶はやはり曖昧でしかなく、なぜここにいて、なぜ寝ていたのか、はっきりと答えられない。

ふかふかの苔の上で寝ていた。

――最近は、なんだか、夢を見てばかりな気がする。
それも空想ではなく、寝ている間に見る方だ。顔を擦ってみると、目の回りから頬にかけてべたべたしていた。少しかゆい。泣いていたのか、よだれなのか判断しがたい。

「んー、何でだろう、さっき、母さんが……いたような気が」

ぼんやりする頭で辺りを見渡す。
苔と木々に囲まれて、何がなんだかわからない場所だが、苔は柔らかで結構心地いい感じだ。
空を見上げる。空だけは、たぶん、何があっても存在しているのだろう。
色からして、昼間のようである。白い鳥が、バサバサとどこかに向かっていた。

「鳥……」

そういえばいつか、鳥を見つけたときに『こいつらってどんなこと話してるのかなあ』となんとなくドゥロロに振ったことがあった。
きっかけはなんだったかなあ、と考えたが、やっぱり思い出せない。
確か、彼は嬉しそうに、語ってくれていた。いつもの笑顔で。

『あー、あの白い鳥? 綺麗だよね。ここにしか住んでいないやつだよ。キネンブツってやつかなあ? 彼らは、天気や風の流れについての話題を、ぼくらよりも大事にしてるみたいだね』

『じゃあ、いつも、挨拶みたいに天気の話をするのかな?』

『うーん。どうだろう。彼らは気性が荒いし結構早口だからなー、あんまり、ぼくとは話してくれないし……』

『そうなんだ。お前の知ってるやつって、何か名前とかある?』

『わからない。でも、同じに見えても不思議とそれぞれの見分けは付くんだ。……それに、あっても、ぼくに発音できない』


会いたい。
ふと、そんな気持ちが沸き上がった。
会いたい。みんなに会いたい。会って、言葉を交わしたい。
今になり、無性に寂しくなってきて、泣き出しそうだった。不安でいっぱいになる。怖い。

考えれば考えるほどに、いろいろなことを思い出した。気持ちが滅茶苦茶に溢れ、止まらない。

頭痛がして、思わず、しゃがみこんでいた。一人で取り残された空間から、必死に目を反らして、体をまるめる。顔が熱くなった。

きっと、ここまで走って来たのは、自分自身だ。
とにかく、風を切っていた気はする。それだけは覚えている。
──しかし、帰り道がわからない。嗅覚も、方向感覚も、すっかり通常のものになっていた。

もう、大切ななにかのことを、どこか、忘れはじめているのかもしれない。

腕で顔を覆おうとしたとき、ふと、頬に、何か触れた感じがした。
気になって、もう一度顔を上げる。
パサパサと、黒い毛に混じって真っ青な毛髪が何本か落ちてきたのを見た。
確か、自分の髪はここまで青くなかったはずだ。

首を傾げると、今度は頭の上で、何かがひょこんと揺れた。まさか、と思い、手をやってみる。

「……大きく、なってる」
彼の頭上には、普通、人間が必要とするものとは異なる皮膚が、存在として大きく付き出し、揺れていた。

実はそれは、もとから存在していたのだが、今までは、髪に充分隠れる程度の、こぶか何かだったので、気にしたことがなかった。
しかし、ここまではっきりと付き出していなかったはずだった。

「耳、なのかな」

塞いだり塞がなかったりで確かめてみたが、どうやら声は、頭上ではなく、これまでも耳として機能してきた方からしか、拾われないようだ。

「……えっと」
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