森と君と+呪いたち

□2.砂の国
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............

「死神が来たー!」
「死神がきたよー!」
無邪気な声がしている。
家の前を通る学生たちの一種の遊びだ。毎朝この無邪気な残酷に意識を覚醒させられている。
 窓の外の泥のようなべったりした窮屈な景色に冷や汗をかく。
それでもシーツにくるまって、寝たふりを続けた。
「死神ん家、ちょっと訪ねてこいよ」
「い、いいよ………そそそそんなの」
  

「怖じ気づいたか」
独り言 を呟いて、改めて布団を深く被る。
 私に会う人会う人が死んでいる。
ので、村では私を死神と呼んでいた。
最近では度胸だめしまで現れるほどで、最初は噂をバカにしていた人たちも今では半信半疑で、死神扱いする。

 ただ、そんなことに興味はない。
そんなことは、どうでもいい。
私にわかるのは、死んでいる人がいることだけだし、なぜ死ぬのかと思うだけだ。
 結局眠れなくて、いつものベッドから抜け出して、
そっと自分の手を見つめる。
 枕もとの観葉植物の葉に触る。


「…………やっぱだめか」

枯れていく命。
それをいつも、目にする。
この「呪い」は、やはり本当なのか。

「人が死ぬから死神なんて、安直すぎるわよ……」

「だったら、運が良すぎるね」

「え?」

「君は殺してない。だったら、運が良すぎる」


幻聴が聞こえる。
ヌーナは両耳を慌ててふさいだ。
 同時に薄い緑の色の壁に、外からの陽光が反射して、すっかり朝を告げているのを理解する。

「こんな運って、なんなの。  これを運のよさで解釈出来るの?」

壁際にしゃがんで、目を閉じているといてもたってもいられない気がした。
 そーっと、ドアを開けて外に向かう。外では誰かがなにやら運んでいるようだった。
「文庫さんだわ」


家が人通りに面しているため、こうやってドアを開けるたび誰かとすれちがうこともある。

 『彼ら』のような存在は、「文庫さん」と呼ばれていた。
数人が、リレーのように町のあちこちにおり、少しずつ大きな書物のページを運ぶのだ。この国ではよくある文化だ。
本は庶民にはまだ高級品であること、
神が宿る神聖なものであることなどで、この時代の本に対する扱いは特に神経質だった。
けがれを払い本をかこむ大事な役割が、この文庫さんだと言われている。 

 宛もなく歩いて、市場に来た辺りで井戸端会議を見かけた。
思わず聞き耳をたてる。 


「それにしても、こんな小さな田舎町で、文庫と会うなんて、珍しい。そんな重要な書物がこの辺りにあるのかしら」

「なんでも、文庫が大事に懐に入れているのは、町にすむ魔法使いの本らしい」
「なんと!」

 魔法使い。ヌーナが気になっている言葉のひとつだ。
何かそういったものに 『あの魔女』の手がかりがあるかもしれない。
実は自身が「呪い」に侵されることになった切っ掛けを、覚えていない。

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 魔女は大体どこかに隠れていてそう見つからない。なのでこういう話題も久々だった。もしかしたら何か手がかりを見つけられるかも?
慌てて家に戻るとお金の入った袋を持って、文庫の目指す方向を辿ることにした。
狭い道の奥ではちょうど牛や鶏が行き来する渋滞となっていたので、走れば充分追いつくことが出来る。
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メルリコットやルヨーの立ち並ぶ露店の脇を抜けて、彼女は走った。
案の定、牛が渋滞しており、文庫も足止めをくらっていた。
「今日牛多くない?」と誰かが噂しあっている。牛のなかには、繋いでいないものもあり、いつ前へすすむのかといったぐあいだった。

「こんにちは」
壁際で、籠を背負っていた目深に帽子を被った文庫の一人に声をかける。
それから、何処に向かうのかと聞いてみた。
「大陸のほうにいくのさ」
文庫は少し怪訝そうにしながらも、教えてくれた。
「大陸……?」
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