◆なとなと 番外編◆

□車内にて。
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 まつりは端末を操作していた。
端からは、なんだか楽しそうに見える。
「何してるの」

ルビーたん、がなんとなく訪ねると、まつりは楽しそうに「久しぶりに、歌を上げてるんだよー」と言う。

「歌、って……創作に限らず、行動範囲が広いのね」
「歌も一種の創作活動だよ」


  歌うのは好きだったけれど、実際そんなに披露する機会は無い。
身体が弱く、出歩けないときにはゲームやパソコンの画面すら見れないので唯一の気分転換だった。


「あれこれ製作しながら歌ってると、なんかちょっと楽しいしね」

そのときちょうど、車内のラジオが切り替わる。
「『ハワイアンブルーの群青』、か」

――――『友達、家族には、こんな姿を見られたくないのに』

シルビアは少し、悲し気に呟いた。
「公共放送、ねぇ」

まつりは投稿を終えて、
ハワイアンブルーねぇ、と繰り返してみた。渚のような色。





静寂。
 『最近カラオケで嫁と歌ったんだけどさ』
『榎谷さん、嫁と仲が良いですよね』
遠くで、赤の他人の話が聞こえてくる。

「あの榎谷って人嫁と歌ったってさ」

 シルビアが一応振ってみたがまつりは反応を示さなかった。
 榎谷は自分たちとは違う世界の住民。そもそも視界に入っていないのだろう。


 その頃には、まつりはすでに別のことを考えていた。今考えているのは、
ある理由から浮上し出した、
行七夏々都の事情に対する『身内の介入』の可能性についてだった。


──実際、三親等以内の身内には彼の概念に関わらせない方がいい。

(……なのに常に、身内を監視に付ける気でいる。監視につけ、その身内に彼の立場の代役をさせて【後見人】にしようと画策している。


……昔あったミュージシャンの事件と同じ……このまま奴の息のかかった【後見人】を産み出してはいけない)



困ったなぁ。
 血を辿って常に『奴ら』が向かってくる結論は出ていて、他人が使用した場合でもそれが自分や周囲の生物で再現されて操られている。でも身内は気付かない
これは常につけている当人の記録からもわかっている。物心がつくより前から……なのに。



「川の切り崩しに関しても同様だ。鬼怒川、球磨川、太田川の氾濫が、同時期に起こった。あの時期に南側が洪水になったのも――ニッシーたちが、そもそもの因子に……洪水そのものが起きているのは彼らの挙動とリンクしている」


――――せっかくまつりが抑えていたのに。


 佳ノ宮家には『神様』が存在する。
宗教一家というわけではなく、これには複雑な事情が絡むのだが。
昔からである。
 名前に基づいている『佳ノ宮』にも神様の地上での仮住まい(天に戻るまでの地上にある宮)という意味があったらしい。



 まつりの役目は──祝詞を守る事。
夏々都を守る事。
 彼の概念を守り、彼の生命を守る事。
彼は神託を賜る。
祝詞に選ばれた、概念の一人として。
まつりはそれらを司り、同時に嫌なものを封じている。


──少しだけ嬉しいような感情に浸っていると、シルビアがちょっと、と声をかけてきた。




「何?」
「貴方たちがそれでいいなら一緒に居れば良いと思うけど。でもさ、大丈夫なワケ? ちょっと前に、百江様が亡くなったばかりでしょう?」


「え……?」
 百江は、まつりたちの祖母。
少し前に、死亡が確認されている数少ない身内。系列の学園で学長を務めていた祖父をよく支えていた。


 元気な人で、自らメイドを取り仕切っても居た。直接の死因は病死だと言われている。
「あぁ……もう、聞いてたんだ」
まつりはやけにあっさりと答えた。
屋敷が無くなったとき、死体すら残らなかった者も居るから、その中ではまだ心の整理を付けやすかったのだろうか、祖母が亡くなったと聞かされた際は悲しみと共に、ほんの少し安堵のようなものがあった。

「本当に、その、亡くなられた、のよね?」
少し最近までピンピンしていた。
彼女もよく知っている事だったので、やや訝し気だ。

「うん。でもこんなご時世で、『普通に』亡くなってるんだから凄いもんだよ」
まつりが言うと、彼女は複雑そうに呟く。
「普通ねぇ……」




 百江おばあ様も学園創立関係者の権限を持つ一人だった。
 その一人が死んだことについては、その面では学園の権限に介入するに都合の良い状況が生まれてしまった。
理事長が変わった時期に、まるで合わせるみたいにタイミングが重なっているのだ。



「ちなみに兄たちが殺害に関わったかも、って言う話もあるよ、ほら、家無いとほぼただのニートだから。長男たちって家事なんかメイド任せでろくに出来ないし。 今だと惣菜やレトルトばっか食べてるだろうな」

「家事がどうしたの?」

「介護や入院させるよりも殺して家が欲しかったのかもって事。家賃はタダだし、食生活は保険金とか、バイトとかで補うんでしょ」
 彼女は数秒、静かになった。何に対するものなのだろう。今更『死』に過剰に反応する性格とは思えない。それとも、生きている人間の関係性が恐ろしいのだろうか。

「陰謀論も、心当たりあり過ぎるんだよなぁ」悩ましい問題だった。
まつりも他人事と言い切れない。

「そうね。理事も怪しいし……あのおば様が、訃報を知ったらそれこそ、権力奪還とばかりに動くのではないの?」
「確かに、変だなって気持ちもある。そもそも、死んだのか、まつりにも信じられない。突然だからね。何か法案でも通ったのかなってくらい急だったよ」
「エリザの死亡の件もあるし、屋敷の解体後、組織への口封じが無い、と言い切れないのは辛いわ」
「病気と、伴う転倒による内臓の損傷って話だったんだけど、死体は綺麗なものだったんだ。でも、きっと何度聞いても、変わらないさ。病死は病死、死んだら死んだだけ、それを証明する手段はもうない。柩で燃えちゃったし」
「そう……」
 祖母、エリザ、関係者の誰か。
「母様が生きて居たら、それに加えて母様の訃報を聞いて居たのかな」

 誰かがずっと付け狙っていて、事件にとって、あるいは組織にとって都合の悪い人物を少しずつ減らしているような気がする。なんて口に出す事すら憚られた。 言ってしまえば何かとすぐにでも向き合わなくてはならないような気がして。
 もし、口封じで自らにいいようにしようとしている何者かが居るのだったら、次は学園の権限を乗っ取るつもりで居るのか。



「あるいは……聞いた話じゃ、元々あそこは実験施設にする予定もあったらしいしね」
シルビアが唐突に言うので、まつりは目を丸くした。

「そうなの?」
彼女はやや呆れ気味に続けて答える。
「あなたが言ったんじゃない」
「そうだっけ」
まつりは、諸事情で過去の記憶が飛び飛びになっている。彼女がそうだと言うならそうなのかもしれない。
「そうよ。実験されるのは動物だけど。何年か前には軍事用を想定した大型の実験動物を飼育する為の、表向き『獣医学科』をメインにして改装する予定だった話もあるようよ」
「獣医学部か……」
「文科省とか。獣医学部の設立を反対したところがあちこちあったらしいから、それも頓挫したけどね。利益を自分たちで独占出来ないと困るのよ」
「なんで獣医? わざわざ獣医で限る必要が、そもそもないのに、反対の仕方が不自然だ」
「さぁ……誰かが、情報をわざと被せているとしか」
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