森と君と+呪いたち

□4:太陽を、願う
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目が覚めても、セイは、夢がまだ続いているのだと思った。目の前にいるのは、紛れもなく本人という気がした。
だが、そうだとしても、どうして彼女がここにいるのかわからない。

「おねえ、ちゃん……?」
頭を起こしたばかりの体勢で、ぼんやり辺りを見回す。
台座にいたはずの少女は、視界のどこにもいなかった。橙がかった髪の少年の姿もない。

例えようのない寂しさにおそわれた。
大切だったなにかを、とうとう壊してしまったのだという気がした。

目の前にいる黒髪の少女は、否定も肯定もなく、ただ、冷たく微笑む。
ぼんやりとした頭で、セイは、もう一度呼んだ。

「フォルおねえちゃん」

胸が苦しく、喉の奥が熱くなってくるが、必死に堪えた。嬉しさと懐かしさと、寂しさで、いっぱいだった。

「……そう、ですか。これが、あなたの望む私」


彼女はそう言って自身を、面白いものを見るかのように眺めてみせた。


「な、なに、言ってるんだよ、おねえちゃん、ずっと帰って来ないから……」

「私はフォルグ。あなたの姉ではありませんよ」

セイには、回想の中の姉と、やはりそっくりに思えた。だから、何を言われているのかわからなかった。

「……そっくり、だけど」
「ええ。それは、あなたの心にいる、姿です」

「心にいる、姿?」

「見た目は、後付けだと、言ったでしょう」

フォルグは、同じことを言わせるな、と言わんばかりに、セイをにらんだ。

セイは、感覚が戻ってきたのか、ようやくそのときに、体を付けている床の石の冷たさを感じた。
もう、すっかり日が暮れており、周りからは、少女と自分の息遣いくらいしか、聞こえない。

「それじゃあ、あなたは……」

セイが問うが、答えはない。
少女の姿は溶けるように消えてしまった。

一人残されたセイは、ステンドグラスのひとつを見上げた。よくわからないが、何かの模様が描かれた、美しいものだ。

ここにいても仕方がない。体温をこれ以上奪われるわけにはいかないだろう、とこの時期にしてはやけにひんやりした建物内に疑問を感じながら、両足に力を入れてみる。
多少はふらつくが、なんとか立ち上がることができた。

乾いた血が、染みを作って、体のあちこちに付いている。特に、膝の皮膚と床に染みたものは、ゆるくだが、糊のようになっていたため、床からはがすと、少し痛かった。
建物から出て、暗い森の中、ひたすら足を進める。
普段はあまり、方向感覚に優れてはいないはずなのに、今は、体のあらゆる感覚が、方向を示してくれているようだ。

不思議と、怖いとは思わなかった。いつか、ここに足を踏み入れたときと似ている気もする。

着てきた上着が薄かったため、夜の寒さがとても染みた。
自身の足音だけを頼りに、ひたすら歩いていると、自分は、こんなに遠くまで来ていただろうか、と思えた。

朝と夜では、森の様子がまるで違う。闇に包まれたそこは、知らない場所のようだ。
影を帯びた木々が、それぞれ、しっかりと根を張って、たくましく存在を示している。
闇を一層深くしていた。

しばらく進んでから、ふと、空腹を感じてきた。
何かないかと辺りを見渡す。
しかし、暗くて、よくわからない。
ふいに、がさがさと、何かの音がした。気になって、そちらに振り向こうとしていると血のようなにおいを感じる。
(……あまい。なんて、あまい)

不快だと思っていたはずの、生ぐささが、今はただ、甘美な何かのようだった。自分はどうしてしまったのだろう、と少し考えたが、考え続けるほどの理性はすぐに崩れる。

心臓が高鳴り、息が荒くなる。
興奮、戸惑い、たとえ様のない幸福感。体が、あれで満たされたら、どうなるのだろう、と思った。

傷の痛みも、もう感じなくなった。
あれを見つけなくては、ということで、頭がいっぱいになる。

――かえりなさい。
あなたは、まだ、まにあう。
ておくれに、なってはいけない。

頭で、記憶の中の声が、ひたすら響いている。

(誰かが、自分を止めようとしているのだな)

他人事のようにそう思った。

――それ以上、森の者の血で、染まったら、あなたも

「セイが、なんだって? うるさいやつだなあ」

意識せずとも言葉が、自然と声として出ていた。
にやり、と口元が歪む。
爪が伸びたような気がした。
足が、しっかり地面を掴んでいる。体が軽い。
力がわいてくるようだった。
思いっきり跳ね回りたい。真っ白な肌を、すべてを、真っ赤に汚してしまいたい。
ああ、腹が減った。
セイは笑っていた。
今なら、なんでも出来るような気さえした。
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