1話〜40話

□第六話
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「唯」

「あ、和ちゃん」

「一緒に帰ろう」

「ゴメ〜ン。今日どうしても部活に行かなきゃいけないんだぁ」

「あ、そうなんだ。それじゃあ仕方ないわね」

「今日はムギちゃんが美味しいお菓子持ってきてくれるんだって〜」

「え?」

「ギターやれよ……」


平沢と真鍋の会話が耳に入り、平沢が珍回答をするもんだから思わずポツリとツッコんでしまった。


「さ〜く〜や〜くん♪ 一緒にか〜えろ♪」
「ヤダ」

「即答ッ!?」


そして奇妙にして珍妙なリズムを口ずさみ、修司が俺のそばに軽快な足取りと共にやって来た。


「ンな冷たい事言うなよ〜。帰りゲーセン寄って帰ろうぜ!」
「ヤダ」

「またも即答ッ!?」


コイツは一々いいリアクションをするな。それがコイツの唯一の長所だと言っても決して過言ではないだろう。


「何でだよ〜。何か訳でもあんの?」

「…朝言ったろうが。『軽音部に入った』と。だから今から部活がある。これが理由だ」

「え? …………………………あッ!」


どうやら思い出したらしい。つうか『俺の助言のおかげ』なんて言って喜んでたのは何処の誰だ……


「え? じゃあ何? これからは部活がある日は一緒に帰れない……の?」

「…そうなるな」

「……」


まるで『この世は終わり』みたいな絶望に堕ちた表情をする。
コイツはそんなに俺と帰りたいのだろうか。それは非常に気持ちが悪い。

つうか……


「…お前、バイトはどうした? 面接があったんじゃねェのか?」

「……………………落ちた」

「ふーん……」

「もうちょっと興味持とうよ……。訊いてきたのお前なんだし……。つうかッ! お前が『落ちろ』なんて言うから落ちたんだぞッ! 責任取れやッ!」

「…面接に落ちたのはお前のせいであって俺は関係ない。あと煩いから黙れ」

「〜〜〜〜〜ッ! 咲也のバカァ! このッ……こ、この…………バ〜カッ!」


子供のような悪口を発しながら、又もや走り去って行く。最後何も思い付かなかったらしい。


「修司君どうしたの?」

「何か泣いてたわよ?」


平沢と真鍋がやってきて俺に尋ねてくる。つうかアイツ泣いてたのか。


「…気にすんな。いつものことだ」

「そう。ならいいけど」


と、真鍋。『いつものこと』で通じてしまう。
このクラスでは、俺と修司のやり取りは最早軽い名物になってしまっている。全然嬉しくねェけどな。


「サッくん! 部活行こう!」

「…サッくん言うな」


一向に直らない……いや、直す気のない『サッくん』発言にツッコミを入れ、鞄を手に取り席を立つ。


「じゃあ和ちゃん。またね」

「…じゃあな」

「うん。またね唯、咲也」


真鍋に別れを告げ、部活に行くために教室を出る。
向かうは軽音部室。


―――――――――


「♪〜♪〜」


今にもハナ唄でも歌い出しそうなくらい上機嫌な平沢。


「ふんふんふ〜ん♪」

あ、本当に歌った。

「…えらい上機嫌だな」


俺がそう言うと、前を歩いていた平沢がくるりっと身体を半回転させ俺に向き、見上げてくる。


「だって、部活すっごく楽しみにしてたんだもん!」

(…昨日嫌がってたじゃねェか)


まぁ、昨日と今日じゃ状況が違うけどな。


「私ね、幼稚園のときも、小学生のときも、中学生になっても、ずっとぼーっと過ごしてきたんだぁ」

「……」

「でもね、高校生になって初めてやりたい事が見つかったの。だからね、私すっごく楽しみ!」


そう言って花が咲いたかのような笑顔を見せる。
俺も小、中と何もやってこなかったが、ギターがあった。ギターを弾いている時は楽しく満足していた。
しかし、平沢は俺のギターのように、打ちこめるものが何もなかったんだろう。
だから『部活』という初めてやりたい事が出来て嬉しいんだろうな。


「…なら、そのやりたい事が夢中になれるものになるといいな」


気がつけば、何とも俺らしくない言葉が自然と口から出てしまっていた。


「うんっ!」

(ま、いいか……)


力強く頷き笑う平沢を見たらそんな風に思った。


―――――――――


「こんにちは〜」

「……」


挨拶をして(俺はしてねェけど)音楽準備室に入る。
中には俺達以外の三人の姿が既にあった。


「よう!」

「こんにちは」

「いらっしゃ〜い♪」


田井中、秋山、『ムギ』から挨拶が返ってくる。

「唯ちゃん、咲也君。紅茶は熱いのと冷たいの、どっちがいい?」


と『ムギ』こと琴吹 紬が尋ねる。
紅茶? 何故そんな事を聞く?

そんな疑問を思っていると……


「私、熱いの!」


平沢が疑問に思う事なく当然のように答え、席に着く。
席には田井中と秋山が座っており、二人の前には喫茶店を彷彿させるティーカップが置いてある。


「咲也君はどっち?」

「…あぁ?」

「熱いのが好きか、冷たいのが好きか」


何も答えなかった俺に再度、琴吹が聞いてくる。琴吹の醸し出すおっとりとした雰囲気に感化されたのか、


「…熱いの」

と、答えてしまった。

「じゃあ ちょっと待っててね?」

「……」

「なぁにしてんだよ? 早く座れよ?」


田井中が何時まで経っても立ったままの俺に向い座るように促す。
しかしだ。その前にどうしても聞いておきたい事がある。


「…おい、秋山」

秋山に。

「え? な、なに?」


まさか自分に話が振られるとは思わなかったんだろう。少し驚いているが、お構いなしに問いかける。


「…ここは軽音部だよな?」

「あー……、うん。そうなんだけど……」


俺の言いたい事が理解したんだろう、苦笑いを浮かべ肯定する。


「はぁ……」


思わずため息が漏れる。このあと何回ため息が出るだろうかと思いながら席に着く。


「ねぇねぇ。何で澪ちゃんはギターじゃなくてベースをやろうと思ったの?」


席に着き、琴吹が淹れる紅茶をぼんやりと待っていると平沢が秋山に唐突にこんな質問をする。


「だってギターは……、は、恥ずかしい……」

「恥ずかしい?」

「ギターってバンドの中心って感じで、先頭に立って演奏しなきゃいけないし、観客の目も自然と集るだろ? 自分がその立場になるって考えただけで……」

ボフンッ!

「み、澪ちゃん!?」


頭から煙を出し、倒れる秋山。


「人間火山……」

「何言ってんだよ。それより言った通りだろ?」


俺が秋山の現状を言い表したらら田井中にツッコまられ、言われる。


「…何がだ?」

「これが、澪の持つスキルの一つ『恥ずかしがり屋』だ」


そういやそんな事言ってたな。
それにしても……


「…繊細過ぎやしねェか? 想像しただけでぶっ倒れるなんて」

「そうなんだよな〜。少しでも治ってくれるいいんだけどさ〜」


どうやら田井中は秋山の繊細さが心配らしい。
意外と友達想いなところがあるんだな。


「お待たせ〜♪ 唯ちゃん、咲也君。お茶が入りましたよ〜♪」


俺と平沢の前に紅茶が置かれる。
すると平沢は今度は琴吹に、


「ムギちゃんはキーボードうまいよね〜。キーボード歴長いの?」

「私、四歳の頃からピアノを習ってたの。コンクールで賞を貰ったこともあるのよ」

「へぇ〜〜! すごいね〜!」


確かに。コンクールで賞を受賞される程の実力を持ってるなんてな。この軽音部で実力は頭一つ抜き出てるかもしれない。


「さぁ、いただきましょ〜♪」


気がつけば目の前に、ケーキやらクッキーが所狭しと、だが、流麗に並べられていた。
だからここ軽音部だよな? つうかいいのかよ。学校でこんな事して……


「私、部室に来た時から疑問に思ってたんだけど……」


漸く平沢も気付いたからしい。当然か。目の前にこれだけの物が、此見よがしに並んでいたら、いくらなんでも気付く、か。


「この部室ってやけに物が揃ってるよね〜。ティーカップとか」


って……


「そっちかよ!」

「えっ! サッくんどうしたの!?」

「ブッ! びっくりしたぁ! 急に大きな声出すなよ! 驚くだろ! 澪なんか固まっちゃったぞ!」

「……」

「どうしたの? 咲也君?」


忘れてた……平沢は天然だった……
俺と着眼点が違うんだ、コイツは……

普段大声なんて出さないせいで田井中は飲んでいた紅茶を吹き出し、秋山に至っては固まってしまっている。


「いや……。やはり俺の考えは甘かったんだと再び実感してしまっただけだ……。悪かった……」

「よくわかんないけど……。まぁ、今度から気をつけろよ」

「だ、大丈夫……。少し驚いただけだから……」

「優雅な会話を続けてくれ……。俺はもう黙っとく……」


俺が疑問に思った事を言っても同じことになりそうだ……。


「はぁ……」

ため息一つ。

その後、俺は平沢達の会話を、紅茶を飲みながらひたすらに受け流していた……
 

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