黒一点 ―短編―

□第百十三・五話
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本日十月一日金曜日。

ぶっちゃけ、この季節は嫌いだと声を大にして言える。

スポーツの秋とか食欲の秋とか読書の秋とか芸術の秋とか様々な代名詞が付くが、オレは【身が引き裂かれそうな凍える冬の手前の秋】が、ふさわしいんじゃないかと常々思う。

現在オレが住むこの北海道は、冬になったら当たり前のように雪が降り積もり、当たり前のように凍える風が毎晩毎夜毎日毎日吹く。

夏も嫌いだが、冬はもっと嫌いだ。

だってさみーもん。

朝とかマジで辛い。

布団から出たくねーと嘆きたくなるもんだ。

だが、学校には行かにゃならん。
休んで休んで休みがちになって引きこもりとか言われたくねーし。
つうか、さみーから休むなんて出来っこねーし。

だから面倒くせーとか思っても学校には毎日通ってる。

そして今日もお勤めご苦労様と自宅に帰って、自室でゴロゴロする。

漫画読んだり、ゲームしたり、たまに友人とメールしたりしていると、母から晩メシだと声が掛かった。


「転勤? いつ?」


晩メシのカレーを口に運ぶ途中に、母から父の異動を伝えられた。

父―桐島 晃教―は所謂転勤族のため、オレは小学校の頃から何度も転校を重ねていた。だからさほど動揺はしなかった。
『あぁ、またか』みたいな感じに受け止めた。

ちなみに、ここ数日、父と共に晩メシの食卓を囲んでいない。
恐らく、父が行っていた仕事の引き継ぎとか何やらで忙しいんだろ。
帰宅するのは早くて十時、遅くて日付が変わる頃だったりする。


「春からみたいよ」


母―桐島 春未―も父に毎度毎度転勤に付き合わされているので既に諦めているのか、特に嫌な顔一つ見せない。


「でも来年からアンタも高校生でしょ? さすがに受験の事考えると、この時期の転勤はマズいんじゃないかって思ってるのよ」


ご尤もだ。オレは近くの高校に受験するつもりでいたので、今から転勤先の高校に、なんて言われても困る。


「しかも今度の転勤は国外だって言うし」

「マジで?」


これまで九州、四国、沖縄、関西、北海道と、全国津津浦浦と行脚してきたが、海外は初だ。


「ヤだぜ? 外国行くの」


外国語なんて話せねーし。
異文化交流とか興味ねーし。


「そう言うと思ったわ。だから提案があるのよ」


ニッコリと笑みを見せる母に、オレはスプーンを口に咥えたまま眉をひそめた。『何だ?』という意味で。


「お義兄さんの家に下宿しちゃいなさい」

んん? 何を言ってるのかな?

「今日、お父さんがお義兄さんに連絡入れたそうよ。アンタをお願いって。そしたら二つ返事で了承してくれたって嬉しそうに言ってたわ」


母は父のことを『お父さん』と呼ぶ。
そんな父は見た目通り至って温厚な性格なのだが、たまに強引に事を進める時があったりする。

その『たまに』が正に今だった。


「おいおいおい。本人差し置いて何で勝手に話進めちゃってんの?」

「アンタに言っても転勤の事実は変わらないからよ」

「いやいやいや。オレの事なんだからフツーは言うでしょ?」

「じゃあ、今言ったってことにしときなさい」


びっくりだ。なんという横暴っぷりでしょう。

だが、まぁ、いいか。

どーせ反論したとこで結果は変わらないんだろーし。
反論を考えることが何か面倒くせーし。


「中学はコッチで卒業して、高校はアッチの学校を受験ね」

「で、合格したあかつきにゃあ、オレはアッチで下宿ってか」


ん? 待て待て。
今し方この時期の転勤は高校受験云々と苦言を呈してなかったか?
なのに、オレをアッチの高校に進学させる気か?
……まぁ、いいか。考えるの面倒くせーし。


「そうなるわ。お義兄さんのところには咲也君がいるから、アンタも楽しめるでしょ」


『アンタと咲也君って仲良かったしね』と笑う母に、ハタと考える。

オレがまだガキだった頃、従兄弟の背中にいつもついていっていた。
ガキながらに従兄弟の背中はデカく見え、頼もしく思え、惹きつける何かがあった。

オレと従兄弟は歳が三つ離れている。
今のオレが十五だから、従兄弟は十八の高三だ。

オレ達の間にある三年は、そのままの距離。
決して縮まることのない距離。

憧れていた背中が、随分と遠くに感じた。


「咲也君と会うの、何年ぶり?」

「さぁね。顔も思い出せないぐらい会ってねーからな」


なーんてな。

あの顔は忘れられんでしょ。

何に憤ってんのか知らんが、いつも不機嫌そうにしてる。
あんな不機嫌面は記憶喪失にもならん限り、忘れられないってもんだ。

ガキであんな感じだったんだ、高校生に成長した従兄弟の不機嫌レベルはK点越え必至だろう。


「まぁ、とにかく、転勤とか下宿とか受験とか色々考えるの面倒くせーから、今はごちそーさんってことで」


綺麗に平らげたカレーの皿をキッチンに持っていき、菓子籠にある棒つきキャンディーを一本口に咥える。


(そろそろタナカから、挑戦状が来てっかもな)


不敵な笑みを携えたオレはハタから見れば不気味なのかもしれん。


「ちょっと、気味悪いからその笑顔やめなさい」


実の息子に気味悪いとか、滅多なこと言うもんじゃないと思うぞ。


「ゼンショシマス」


全く気持ちの籠ってない返答を母にプレゼントし、自室へ足を向ける。


「あ、ちょっと待ちなさい」


しかし、呼び止められ足が止まる。
何用だと口を開くためにキャンディーの棒を掴む。


「はい、アンタに手紙来てたんだったわ」


口を開かずとも母の方から用件を告げて渡してきたので、キャンディーを口に咥えたまま、棒を掴んでいた手で手紙を受け取る。


質素な茶封筒の表には宛先人であるオレの名前、

【桐島 拓也】

の文字があり、裏返して差出人を確認すると、

【鈴木 大輔】

の、手書き文字があった。


(こりゃまた面倒くせー人から来たな……)


口にあるキャンディーの棒を上下にブラブラと動かして、今度こそ自室へ足を動かしていった。
 

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