41話〜80話

□第四十二話
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中野が軽音部に姿を出さなくなって今日で二日目。
その間、軽音部はだらける事なく練習に励んでいた。

♪♪♪♪♪〜……

部室に響くギター、ベース、ドラム、キーボードの音色。

♪♪♪♪♪〜……

だが、今日も中野は現われなかった……


―――――――――


その日の夜。

ブブブッ ブブブッ


「ん?」


自室にてテレキャスの弦を交換し終え、アコギの弦を交換しようとギタースタンドに立て掛けてあるアコギに手を伸した瞬間、机に置いてあったケータイが小規模な地震を発生させる。


「……」


アコギに伸ばしていた手をケータイに進路変更し、手に取る。

【アホ】

ディスプレイ画面にはその二文字が。


「……」


ケータイを開き通話状態にし、耳に当てる。


「『ハッピバースデートゥミー♪ ハッピバースデートゥミー♪ ハッピバースデーディア修司〜♪ ハッピバース……』」


ピッ


「……」


奇妙なバースデイソングを心地良く熱唱するディスプレイ画面に表示された通りの奴からの電話を打ち切る。


ブブブッ! ブブブッ!


「ンだよ……」


アコギの弦を交換しようと再び手を伸したら、心なしか先程より激しくケータイが震える。


ピッ


「『切るなァッ!』」

「…喧しい」


ケータイからの騒音ボイスが俺の鼓膜を刺激する。


「『なんで切るんだよッ! びっくりしたわッ!!』」

「…ボリューム下げろ。さもなければお前の鼓膜を破壊する程の金切り音を発動するぞ」

「『おっそろしい事を通常トーンで言うなよッ!』」

「…忠告を無視したのでお前の鼓膜を破壊します」

「『ごめんなさい』」

「チッ……」

「『なんで舌打ちするんだよテメェッ!』」

「…忠告を無視したのでお前の鼓膜を破壊します」

「『ごめんなさい』」

「チッ……」

「『なんで舌打ちするんだよテメェッ! ってエンドレスッ!』」

「…で?」

「『うわっムカつく……! まぁいいや』」

いいんだな……

「『今日は俺の誕生日じゃん?』」


その発言に壁掛け時計の横にあるカレンダーに視線を移す。


「……」


確か、そうだったな。
つうかコイツの誕生日を覚えてた自分に色々とショックだ……


「『別にお前が誕生日を祝ってくれないからっていってヘコんでねェから安心……しろ……』」

「…そうか」

「『淡泊かいこの野郎……。まぁいい。誕生日といえばケーキじゃん?』」

「…あぁ」

「『今、自分の誕生日ケーキを買いに街に繰り出してたんだけど……』」

「…ちょい待て」

「『ん?』」


コイツの発言の中に些か……いや、かなりな疑問点があったぞ……


「…なんでケーキ買いに行ってんだよ? お前の家ケーキ屋じゃねェか」

「『あぁ〜……うん……。そうなんだけどな、父さんがさぁ、作るの面倒くさいって……』」

「……」


哀れ、影宮 修司。
我が親に見放されるとは……


「『って、いいんだよッ! 俺の悲しい家庭事情の事はッ!』」


いいのか?
結構大事な……いや、いいか、コイツだし。


「『本題は梓ちゃんだよ』」

「あぁ?」


急に電話口から真剣な声と軽音部のある意味、話題になっている後輩の名前が聞こえきた。


「『俺が買いに行ったケーキ屋の近くにライブハウスがあるんだよ』」

「……」

「『そのライブハウスに梓ちゃん一人が入って行くのを見たんだよ。何やら固い表情してな』」

「固い表情……」

「『具体的に言うと……そうだな。ラーメン食べて替玉しようとしたけど、あまりのウマさにスープを飲み干してしまって替玉が出来なくてショック! みたいな?』」

「…逆に分かりにくい」

「『そうか? だったら……』」

「…例えはもういい。で、中野はライブハウスに入ったきりのままか?」

「『んにゃ。俺も梓ちゃんの表情が気になったから長期戦覚悟で物陰に潜んで梓ちゃんが出てくるの待ってたのさ』」

刑事かお前は。

「『しかし俺の覚悟とは原宿に……』」

「…裏腹な」

「『そう、それそれ。裏腹に十分ぐらいで出てきたんだよな。やっぱり固い表情して。具体的に言うと……そうだな、ラーメン食べて替玉しようとしたけど、その店は替玉をしてなくてショック! みたいな?』」

もうツッコまねェぞ。

「『そんな表情してたからさ、咲也に報告しといた方がいいかなぁ〜とか思ったから、お前に電話したわけ』」

「そうか……」

「『イエ〜ス。つうか、なんで梓ちゃん、あんな表情してたんだろうな?』」

「さぁな……」

「『ひょっとして軽音部でなんかトラブル発生中?』」

「…例えそうだとしてもお前が気にする事じゃねェよ」

「『ヘーヘー! どうせ俺は部外者だよ〜だ!』」

「だが……」

「『ん?』」

「……サンキュ」

「『ヤベェ……! かなりキュンときた……!』」

「死ねカスアホクズ虫野郎、生まれた事を後悔しろ」

「『ちょ! ちょ! ちょっ! そんな暴言の乱れ打ちは勘弁……』」

ピッ

あのアホに礼など言った事を激しく後悔しながら電話を一方的に打ち切る。


(しかし……。固い表情でライブハウスに、ね……)


修司から伝えられた三つのキーワード。

【中野】
【固い表情】
【ライブハウス】

この二日間軽音部に姿を現さなかった中野がライブハウスに行っていた。
ライブハウスに出演するインディーズバンドを見て勉強をしていたのか、はたまた好きなバンドがいるので見に行っていたのか……
それとも外バンでも組みにいったのか……

その真相は闇だが、ライブハウスに入っていく時も出てきた時も『固い表情』をしていたという事は、その表情が晴れるような『もの』が得られなかったという事だろう。


(…ま、アイツ自身が、どうしたいのか、だな)


軽音部を辞め『る』のか。辞め『ない』のか。


「はぁ……」


とりあえずため息を吐き、アコギの弦を手際良く交換していく。


(つうか……)


修司の奴、本当に中野のこと覚えてたんだな。


(将来はストーカーだな……)


犯罪の世界に爪先を突っ込んだ修司に心の中で合掌しながら、アコギの弦を交換していった。


―――――――――


翌日の放課後。

♪♪♪♪♪……

今日も今日とて練習に励む。

ジャァァァン……


「「「「……」」」」


三日前に俺が提出した曲は完璧な仕上がりになっていた。
しかし、疾走感があるその曲が完璧に演奏し終わったというのに、平沢、秋山、田井中、琴吹の表情は晴れず、曇っていた。


「はぁ……」


今日で中野が軽音部に姿を現さなくなって三日目。
流石に四人の気持ちは折れかかっているようだ。


「…少し休憩するか?」


テレキャスに繋いであるアンプのゲインを調節しながら四人に問い掛ける。


「そうだな! よし! 休憩タ〜イム!」


俺の問い掛けに田井中がこの雰囲気を払拭するように明るく反応するが、


「うん……そうだな……」

「じゃあ……お茶淹れるね……」

(お通夜の会場か……)


そんなツッコミが思い浮かぶかのような暗い表情のままの秋山と琴吹。


「ねぇ、サッくん……」

「あン?」


同じく、暗い表情の平沢が弱々しく俺を呼ぶ。


「あずにゃん……もう来ないのかな……?」

「……」


『YES』か『NO』か。
簡単には答えられない疑問を平沢が問い掛けてくる。

『来る』等という絶対的な確信があるわけでもない言葉を口にすることも出来ず、『来ない』等という可能性がゼロではない言葉を口にすることも出来ず、結果俺は、


「…さぁな」

という曖昧な返答を。

「……」


そんな俺の曖昧な言葉に更に暗い表情になる平沢。

するとその時。

ガチャリと部室の扉が弱々しく開き……


「「梓!」」
「梓ちゃん!」
「あずにゃん!」
「……」

「……」


『固い表情』の中野が三日ぶりに部室にやってきた。
しかし、その背には『じゃじゃ馬』の姿はなく、一介の女子高生の姿だ。


(…退部しに来たのか?)


そんなことを思っていると、おずおずとした様子で中野が口を開いた。


「私……分からなくって……」

「あずにゃん?」


顔を俯かせポツリと呟く。


「どうして……軽音部に入ろうと……思ったのか……」

「「「「「……」」」」」


俯いてるその顔から、一粒の雫が零れ落ちる。


「ッ……ヒック……どうして……新歓ライブの……ヒック……演奏に……私……」

「梓……」


その一粒の雫が二粒、三粒と徐々に増え、頬に二つの川を作っていく。


「あんなに……感動……ヒック……したのか……しばらく……ヒック……一緒にいてみれば……きっと……ヒック……分かると思って……やってきたけど……」

「梓ちゃん……」


その川をせき止めるかのように、何度も何度も手で遮るが、溢れてくる感情は一向に止まらない。


「けど……ヒック……やっぱり……ヒック……分からなくって……私……どうしたら……ヒック……いいか……!」

「梓……」


その小さな体を震わせ、俺達に自分の心情を告げる。


「…おい、中野」

「ヒック……は……はい……」


顔を俯かせ未だに川をせき止めようと、手で顔を覆ってる中野がそのままの状態で俺の呼び掛けに弱々しく答える。


「…どうしたらいいのか分からないなら、どうすべきかを考えろ」

「え……」


手を退け、俺を見てくる。


「…お前はこのまま軽音部にいたいのかいたくないのか」


コイツはライブハウスで『固い表情』で出入りした。つまりは自分の抱える『悩み』と『わだかまり』の答えを探しに行ってたんだろう。
しかし、修司曰く十分で出てきた。
探していた答えはここにはないと直ぐに判断したんだと思う。

そして軽音部にやってきて『俺達』に悩みを打ち明けたということは、少なくともまだ軽音部に未練があるんだとも思う。

そして自分自身『迷い』があるんだとも。


「私は……」

「あずにゃん」


平沢が口を開き、中野を呼ぶ。


「私は……私達はあずにゃんと一緒にいたいよ? あずにゃんだけじゃなくて、サッくんも、澪ちゃんも、りっちゃんも、ムギちゃんとも一緒にバンドをやっていきたい」

「唯……先輩……」

「だって私達は……この六人で桜高軽音部なんだもん」

「梓がどうしたいのか迷ってるなら、私達がその答えを見つける手伝いをしてあげる」

「澪先輩……」

「梓は私達のライブを見て感動したんだろ? だったら演奏を聴かせてやる!」

「律先輩……」

「梓ちゃん、私ね? 『ムギ先輩』って呼ばれて嬉しかったの。だから……今度は私達が梓ちゃんを喜ばせたいな」

「ムギ…先輩……」

「…お前がどうしたいのかは、俺達の演奏を聴いて深く考えろ」
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