81話〜120話

□第八十九話
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「……」


現在、俺の自室では中々に奇妙な光景が展開されていた。

茶色の、やや癖がある髪の平沢とかいう女子。
特徴として前髪を黄色い二本のピンで止めてある。

黒の、降ろしたら腰まであるであろう髪の中野とかいう女子。
特徴としてツインテールの髪型。

コイツらの共通点は軽音部所属にしてギタリスト。
そして、三日後に開催される演芸大会に出場するということ。

そんな二人が、古来より伝わる日本の作法の一つである、土下座をしている。

誰に?

椅子に腰掛け、シャーペン片手に土下座コンビをローテンションで眺めている、俺に。

さて、事の顛末はこうだ。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓


現在時刻午後六時三十七分。

珍しい事もあるもんだ、と思う。
そう思うのは何故か?
それは現在の俺が集中していること所以だ。


「……」


珍しい事もあるもんだ、と思う。

明日から期末テストが実地されるため、机に向かい教科書と、厚意で勝手にくれた秋山と琴吹と真鍋のノートのコピーを参考にしながらテスト勉強をこなす。

これが珍しい事。

確かに過去にもテスト前は勉強していたが、そこまでではなかった。

しかし、今回は帰宅してから他の事など脇目も振らずテスト勉強に集中していた。
流石に気付かぬ内に俺の中に受験生としての立場が生まれていたらしい。

別に一昨日の山中顧問の言葉を受けたからではない。
それ以前に微々たるものだが進学と決めた以上、勉学はしていた。微々たるものだが。


「……」


そして、その時は訪れた。
正に今、真鍋コピーノートを参考にしながら、意味不明な漢文を解読しようと自身のノートにシャーペンを置いた時だった。


「ん?」


刹那、僅かに聞えた音にシャーペンが止まり、同時に集中力も霧散する。

その音は来客を告げる音。
つまり誰か我が家に訪問したということ。


「ふぅ……」


訪問者はお袋が対処するだろうから特に気に止めず、集中していたことによる軽い疲労感が身体を駆け巡る対処を行う。
息を吐いて椅子の背もたれに体重を預けてリラックスすること約三分。

コンコン ガチャ


「咲也、入るわよ」

「…もう入ってんじゃねェか」


ノックの後に間髪を入れず扉を開け放ったお袋に気怠そうに一言。

どうやら、このお袋も親父もノックの意味を知らないらしい。


「お友達が来てるわよ」

「あぁ?」


訪問者の対応をしていたであろう、お袋がそんなことを報告する。何故かニヤけながら。


「平沢 唯ちゃんだったかしら? 久し振りに会ったけど可愛らしい娘ね」

ん?

「あともう一人、ツインテールしたちっちゃい女の子も一緒よ。あの娘も礼儀正しくて可愛らしい娘ね」

んん?

「ほら、何ボーッとしてるのよ。玄関に待たせてあるから早く行きなさい」


予期せぬ来訪者に思考がストップしている中、お袋が急かすように告げてくるので、何とか思考の歯車を動かしながら自室を出て、玄関に向かう。


(…何故アイツらウチに来る?)


階段を下りながら思考する。が、一つの仮定といか答えにすぐに辿り着く。

今日の朝。教室にて平沢の呑気な発言。


『曲のアレンジって難しいんだね〜。あずにゃんも出来ないって言ってたよ〜』


そして平沢と中野がウチに来た。
ならば自然と答えは絞られる。


(そうならばそれで協力してやらねェとな……)


こんな小さな決意を秘めて、玄関に到着。


「あ、サク先輩……」

「エヘヘ……や、やっほ〜……」


そこにはお袋の言った通り平沢と中野がどこか気まずそうにソワソワしながら立っていた。


「…とりあえず上がれ」

「「えっ?」」


俺の第一声が意外だったのか平沢と中野がキョトンな表情をする。


「…上がんねェなら追い返すぞ」

「あ、ううん! 上がるよ! おじゃまします!」

「お、おじゃまします!」


ワタワタと慌てた動作でローファーを脱ぐ平沢と中野。
身体を揺らす度に鞄に付けてある平沢の『ぶ』と中野の『ん』のキーホルダー。

その二つのキーホルダーを一瞥して、背を向けて歩きだす。


〓〓〓〓〓〓〓〓〓


で、現在。

『何故連絡をしてこなかったのか』という疑問が浮かんだが、抹消した。
どうせ平沢だし、中野は流されたんだろう。
入部当初はティータイムに苦言を呈していたが、今となっては完全に馴染んでしまってる。挙句の果てには、専用のティーカップまで違和感なく使いこなす始末。

まぁ、別にいいんだがな。

閑話休題。

平沢と中野を自室に招待した途端に、事前に打ち合わせでもしたのか、


『サッくん』
『サク先輩』

『あン?』

『『曲のアレンジをするのに力を貸してください!』』


と、土下座をしてきた。

それを見た俺は『やはりな』と内心で思った。


「…分かった」


なので、俺は別に断わることもなく、頷いた。


「え……いいの? サッくん」


顔を上げた平沢の表情はやはりキョトン顔で、それは中野も同じだ。


「…だから分かったっつってんだろ」

「で、でもでも……、私は一人でがんばるって言っちゃったのに……」

「あ、あの……サク先輩かムギ先輩に助言を貰おうって言ったのは私で、唯先輩は乗り気じゃなかったんです……。だから……」


珍しい事もあるもんだ、と思う。

呑気で能天気な平沢が、自分の発言に責任を感じ、いつものようなニコニコした笑顔は影を潜め、シュンと肩を落とす。

根が真面目な中野が、俺か琴吹に協力を仰ぐように平沢にほのめかし、その事をやや後悔を感じさせる物言いで、普段の先輩にも堂々とした態度は何処へやら、借りてきた猫のようにおとなしい。

俺は俺で、すんなりと家に上げて自室に入れるような人間ではないのに、目の前には平沢と中野がいる。


「…お前の決意は分かっちゃいるがな、出来ねェことは出来ねェでいい」

「サッくん……」

「…実際、中野が一緒に出場してくれるっつった時は、嬉しかったんじゃねェのか?」


俺はどういった経緯で中野が平沢と共に出場することになったか知らない。

だが、一点だけ分かる。

平沢が、中野が協力してくれたと俺達に報告してきた時の表情。

嬉しそうな笑顔だった。


「うん……うん! 嬉しかったよ!」

「唯先輩……」

「…一人じゃ出来ねェことは、誰かに頼ってもいいんじゃねェのか」


だから俺は、頭を下げてきたコイツらに協力する。

いつか田井中にも言った言葉。

『つまずいて、足りない部分は互いに補って、成長する』

まぁ、あくまで持論だが、あながち間違いでもない筈だ。

最初は一人だった平沢が今は中野がいる。

それでも悩めるコイツらが俺に頼ってきた。

断わる理由があるか? と、問われたら、答えは『NO』だ。


「あずにゃん」

「あ、はい」

「良かったよ、サッくんに相談して」

「そうですね。私達だけでしたら空回りしてたかもしれませんね」


どんな風に曲のアレンジ作業をしていたのか分からんが、苦労はしたらしい。
微笑んで互いを見合う平沢と中野から、そんなことを感じ取った。


「…頼るっつったが、ギターのメンテとかオクターブチューニングとかは自分でやれよ」

「そうですね。じゃないと唯先輩のためにはなりませんから」

「うぇぇ〜……そんなハッキリとぉ〜……」


漸く本来の平沢と中野の調子に戻ったので、早速本題である曲のアレンジに取り掛かるために、机の引き出しを開け、中にある計十二曲分の楽譜を取り出し、立ち上がって平沢と中野の前に置く。


「…HTTの曲からやるっつってたな」

「サッくん、放課後ティータイムだよ?」

「今はいいじゃないですか」


中野が正にその通りな発言に感謝しながら楽譜を眺める。

【ふわふわ時間】
【虹の風景】
【カレーのちライス】
【わたしの恋はホッチキス】
【桜の木】
【翼をください ROCK Ver.】
【ふでぺん 〜ボールペン〜】
【Don't say "lazy"】
【ぴゅあぴゅあはーと】
【いちごパフェが止まらない】
【Honey swwet tea time】
【五月雨20ラブ】


「こうやって楽譜で見ると、いっぱいありますね」

「こうやって楽譜で見ると、疑問なタイトルが目立つな……」

「それも今はいいじゃないですか」


良くはないが、今は何の曲のアレンジをするのかが最優先事項なので、つらつらと思考を巡らせる。


「ねぇ、あずにゃん」

「はい?」

「私達のユニット名、なんにしよっか?」

「今決めるのはそこじゃないですよ。せっかくサク先輩が協力してくれてるのに」

「でもでも、出場するのは私達だけだから放課後ティータイムじゃないんだよ?」

「まぁ、そうですけど……」

「ね? じゃあ決めよ〜」

「は、はい」


(やはり流れやすいな、コイツ……)


どんどん平沢のペースに飲まれていく中野を一瞥した後、考える。

修司曰く、演芸大会の観客は年寄りが半数以上を占めるらしい。
優勝を狙うなら年寄りに好印象の、それなりの曲のアレンジが必要。


「『先輩後輩』とか?」

「それ、ことさら強調されるのも……」

「う〜ん……唯とあずにゃん』とか?」

「あ、『ゆいあず』ってどうですか?」

「おぉ! いいね〜!『ゆいあず』!」


となれば、アップテンポではなくスローテンポが好ましい。
だからといってバラードではなく、例えるなら演歌調や民謡調に。

ん? 民謡調?


(ある……確か……)


民謡調というワードが引っ掛かり、検索をした結果、探し当てたその曲の楽譜を一枚手に取り視線を這わす。


「サッくんや、私達のユニット名は『ゆいあず』に決まりました!」

「…ンなこと、どうだっていい」

「ガーン!」

「…そんなことより」

「うぅ……あずにゃん……サッくんがぁ〜……」

「どの曲か決まったんですか?」

「はう! あずにゃんまで冷たいよ〜……」


俺と中野にぞんざいに扱われたことにダメージを受け、うなだれる平沢をスルーして、中野に一枚の楽譜を手渡す。


「…その曲を今からアレンジするぞ」

「はい! 早くやらなきゃいけませんね」

「…一時間ぐらいあれば基盤は出来る」

「え!? そんなに早くですか!?」

「…基盤はな。それにはアイツの協力が不可欠だ」


そう言って未だにうなだれている平沢に視線を向ける。


「唯先輩の?」

「ほぇ? なに?」

「とにかく時間がねェ……」


引き出しから五線譜を取り出し、右手でシャーペンをクルクルとペン回しの要領で回しながら、左手でギタースタンドに立て掛けてあるアコギのネックを掴む。


「…始めるぞ」

「はいっ!」

「おーっ! って、私は何をすればいいの?」

「…お前の能力でアレンジの時短出来る」

「もしかして……!」

「ん? ん〜……ん?」
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