おたから

□Le Tombeau de Couperin
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獅子+野薔薇→兵士→少女








ディア・デ・ムエルトス=死者の日 先祖や家族の魂が帰ってくると言われている日







先程無くした意識を自分はどうやら取り戻したようだった。いつの間にか顔を出した満月の光を反射して、淡いプラチナブロンドと鈍く光る銀が視界の端に揺れている。重い瞼を開きながらそちらを見遣れば、少し前に合流していた少女と義士が、此方を心配そうに見つめていた。
「クラウド!気が付いたのね!」
よかった、と胸を撫で下ろす少女にクラウドは未だ痛む身体を叱咤して起き上がりながら周りを見渡し、姿が見えない幾人かはどこかと聞いた。
「ウォーリアとセシルは見回りに行った」
心配そうに目を細めながらフリオニールが答える。スコールは、と聞くと、義士の瞳が少しだけ揺れた気がした。僅かに躊躇いながら、義士が口を開く。
「スコールは・・・多分向こうにいる」
なんだか思いつめてるみたいだったけれど、と不安げに言うティナをクラウドは見つめる。視線を外し、立ち上がろうとしてよろけた自分を支え、無理しないで、クラウド、と心底心配そうにする少女に少しだけ表情を和らげて、クラウドはわかってる、と返事をした。自分の腕に添えられた手の平に、それほど遠くはない昔のことをを思い出した。彼女の手とティナの手は違うのに、同じように感じるのはあの僅かな再会の時への郷愁だろうか。

皆に意識が回復したことを伝えに行こうとした彼女が行ってしまうのが何となしに惜しく、ティナ、と静かに呼び止めれば、彼女は此方を澄んだ藤色の瞳で見つめた。言葉の残像を舌の上に残したクラウドは、名前を呼ぶだけというその単純で、しかし開いた穴を埋めるような行為に僅かに安堵した。思えば自分はあの日、朝もやのように霞んで消えてしまった彼女の名をほとんど呼んだことがないことに気づいた。

ティナの横に控えていたフリオニールはクラウドの言葉に潜むある響きを感じ、唇を噛み締めてそっとその場を立ち去った。

あのふたりはなんて似ているのだろう、とフリオニールは考える。

美しく整った顔立ちに影を差す憂いや、繊細に作られた、しかし思わぬ膨大な力を秘める手足、その瞳の透明さまで。
ふたりはまるで澄んだ水辺で番う一組の鳥のようだった。付いては離れ、しかし離れすぎることはなく、互いを慰め、慈しみ、そしてその半生を共にするのだった。

フリオニールが思考を巡らせながらもふと顔を上げると、いつの間にか近くの地面から突き出た白い壁に凭れていたスコールがクラウド達を見つめていた。その目は嫉妬の炎が燃えており、あわよくばふたりの幸せを摘み取ろうとするかのように、ぎらぎらと涎を垂らしている肉食の獣に見えた。
フリオニールはふいに、先ほどのクラウドの姿を思い出した。

ぐったりとした体は重く、力がまるで入っていなかった。脇腹からはそれが何時も通りだというように、止めどなく赤がだらだらと流れだしていた。血の気のない青白い唇から浅い呼気が僅かに漏れており、治療のために触った白い肌は作り物のように冷たかった。僅かに見開かれた瞼の間から覗く鈍い青が、此方を見ていた。縋るでもなく、助けを求めるでもなく、ただこのまま死んでもいいとでも言うかのように、静かに。

フリオニールはその瞳を思い出し、己の身をじりじりと焦がすような、くぐもった憤りを感じる。
あの美しい瞳が死んでいこうとするのは許せなかった。そして何よりも、金の狼の瞳をそんな風に平然と作り変えてしまったスコールに、どうしようもない程の怒りを覚えた。殺してしまうなんて、許さない、と心の奥で叫ぶ自分がいた。あの青年はずっとあのままで、変わることなくあるべきだった。

壁に背を凭れかけていたスコールにゆっくりと近づく。己の気配を既に察知しているであろうその青年は既にクラウド達からは視線を外し、ガンブレードを傍らの地面に突き刺したまま、薄く水の張った不毛の大地を一心に見つめていた。まるでそこに複雑に絡まった自らの感情を解き明かす、すべての答えが待っているかのように。

スコールは目の前で止まった足音にしかし顔を上げなかった。スコールが見つめる地面に足を着けた男の脹脛に付いている短剣が月の光を真っ直ぐにこちらに返しており、それがこの目の前の男の性質を表しているようで、スコールには眩しく、またひどく厭わしく感じた。
スコールは視界に入ってきた、ただそこに立っているのみで口を開こうとしない男の爪先をじっと見つめた。男はその身に滾らせた怒りを隠そうともしないで、ただ沈黙を守っており、スコールはそんな男の爪先を無関心に見つめ続けた。
何分か、もしくは何秒か経ったか分からなかったが、男はようやく口を開いた。

「何故、あんなことをしたんだ」
スコールにはあんなこと、と言われても、何のことか分からなかった。
「あんなことって、何だ?」
思ったままを口に出せば、男の怒りは更に深くなったように感じられた。
「何故、クラウドを傷つけた」
ああ、そんなことか、とスコールは考える。自分の見つめる先には相変わらず一本の草も生えぬ大地が広がっていて、ここでは命あるものは生きられないのだろうかとスコールは思った。目の前で憤るフリオニールとの問答が煩わしくなったスコールは、再び思ったままを口にする。
「別に、」
たった一言が地面に落ちて、そのまま染み込んでいく様を見ているようだった。フリオニールが拳を握る気配に、スコールは何もかもくだらない、と思った。俺が誰かを傷つけたって、それはお前を傷つけたんじゃない。俺はあの金色の狼を、そう、俺の狼を傷つけたのだ。
「別にって何だ!俺たちは仲間だろう!それに、」
スコールの言葉に激昂したフリオニールが不自然に言葉を切る。スコールがその瞳をちらりと見遣れば、そこには微かな苦悩が浮かんでいた。ああなんだ、こいつもか。スコールはその滑稽さに笑いそうになると同時に、男の苦悩に腸が煮えくりかえりそうになった。あれは、あれは。
「あれは、俺のものだ」
他の奴には渡さない、とスコールが口元に浮かべた笑みを深めると、出すまいとして押し込めていたフリオニールの表情が突然、雄のそれへと変わった。欲望でぎらつくフリオニールの鳶色の瞳に、スコールは今度こそ笑ってしまいそうになった。

自分も、この男も、決して手に入らぬ金の残像を追いかけているのだ。
あの男は自分たちなど眼中にはなく、ただあの、人形のように儚くたおやかな少女だけを追いかけている。そんなことは、自分はとうの昔に分かり切っていた。蜃気楼のように近づくことはなく、あの淡い光の中にいる当事者達は、二人きりで寄り添って、支え合い、どこまでも遠くへいってしまうのだろう。

しかし、スコールにはそれが許せなかった。ふたつの握る手を引きちぎってでも、あの黄金の輝きを手に入れたかった。クラウドがあの女を腕に抱き、その唇に口づけをするかと思うと気が狂いそうだった。あの青の奥にある緑の炎も、ふと触れた細く冷たい指先も、長い睫毛も、すべて、初めて出会ったときにそれらを見つけた自分のものであるはずだった。白い影を落とすその顔を、身体を欲望に染め上げて、自分しか見えないようにしてやりたかった。
それでも、これだけ想っても。あの金はこちらを振り向きはしないのだ。何もかもをなくしてしまった自分にも、この目の前の、一心にその心を捧げる義士にも。

全てを無くした時、見えたのはあの時間圧縮の狭間で見たような死の世界だった。自分は待つ人のいないディア・デ・ムエルトスの底辺をひとり歩く屍のようだと思った。

目の前の男に笑ってやった。所詮、はるか遠くで金の毛を靡かせる至高の獣は、汚れて欲にまみれた俺たちには手に入らないものだと。義士の鳶色が動揺に揺れた時、その向こうであの紺碧が、自分を捕えているのが見えた。途端、スコールはしずかに己を見つめる青に引きずり込まれたかのように、その瞳にふかく溺れた。此方に向けられる視線に、背筋が快感で震え上がるのを感じる。
自分は魅了されているのだ、あの男に。心も身体もすべて奪われて。

背中をゆっくりと壁から離すと、義士が僅かに身体を固くした気配がした。二人の前に立ちはだかるように移動したフリオニールに背を向け、スコールは僅かに張った足もとの水を掻き分けて進む。ならば、壊してやろうと思った。混沌の神を倒せば、自分のこの気持ちも、あの黄金色の夢も、手を取り合うふたりもすべて砕けて無かったことにしてしまえるかもしれないと、スコールはガンブレードを強く握り締め、その歩みを徐々に速めていった。



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