白銀の月

□プロローグ
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「令愛(お嬢様)、お茶をお持ちいたしました。」



「そこに置いておいて。」



「是(はい)」



とある中国風の豪邸の一室に侍女と思われる女性が入ってきた。

この部屋の主である少女名無しさんは窓際に置いてある椅子に座っていて、頬杖をつきながらぶっきらぼうに冷たく侍女に返事を返す。

冷たい言葉に侍女は何も反応せず事務的に深々と礼をして茶器を少女の近くのテーブルに置いてまた深々と礼をして出て行った。

名無しさんは出て行った侍女の影を見送るとハァ…と溜め息をついた。



「息が詰まる。」



豪華な服に包まれ、豪華な装飾に飾られた部屋で、豪華な食事を食べ暮らす。

一般的にすごく羨ましい暮らしだが私にとってとても息が詰まった。

私はこの家のいわば令嬢である。普通なら令嬢として特別な学校とかに通うが私は親に決められたシナリオどおりの暮らしが嫌でなんとか説得して普通学校に通っている。

友達もたくさんいるし、縛りのない学校生活がとても大好きだった。

だけど、ひとたび家に帰れば、すぐに服を着替えさせられ、部屋に入れば出る事の出来ない束縛された暮らしに戻る。

まさに籠の中の鳥状態である。

窓の外を眺めると、雀が自由に空を飛びまわっている姿を見て、顔が歪んだ気がした。



(外に出たい…)



もちろんこの籠の中の意味で…



((外に出たいか…?))



「ッ!!誰!?」



ぼおっと外を眺めていると男性の声が部屋全体に響き名無しさんは素早く立ち上がり周りを警戒するように睨みつける。

しかし、部屋全体に響いた不審な声に、ドアの向こうにいる見張りの者が入ってくる気配がないことに首を傾げた。

すると、クク…と忍びながら笑う音が聞こえ、思わずムスッと頬を膨らませた。



((安心するといい。この声は君にしか聞こえない。))



「…何の用?」



部屋の外にいる護衛に悟られないように声を出来る限り潜ませて声に話しかける。



((君は思ったね。外に出たいと…))



「確かに思ったが…」



((できるとしたら君はどうしたい?))



嘘だ。

瞬時に名無しさんはそう思った。
何度も何度もそう願った想い。
しかし、そんな希望は何度も想うたびに打ち砕かれてきた。

そんな中、この声の主はできるというのか…。

もしできるのなら…



(外に出たい…けれど、)



本当に・・・?



((まあ、もちろん“ただ”とは言わないけれど。))



「…対価はなに?」



((助けてほしい。))



「助ける・・・?」



((これからの未来で起こる事…その中で黒き者によって堕とされる者を堕ちないよ
うに助けてほしいんだ))



うん、意味が分からない。
黒き者とは何者なのか。

そして、“堕ちる”というのはどういうことなのか…

だいいち、いちばん疑問に思ったこと。



「どうして私なんかに頼むの?もっと最適な人がいるんじゃないの?」

信じられない…そういった感情がありありと表情に出てしまう。

声の主はうーん…と少し困ったような(あくまで声で断定した)声を漏らし、そうだな…と言葉を続けた。



((確かに他にも最適まではいかないけど、叶えてくれそうな人は確かにいるんだ。))



けれど、と声は続ける。



((他の人は少し邪な感情が多くてね。だけど君は違う。君だけはただ純粋に“外に出たい”と願っていた。))



だから君なら私の願いを叶えてくれるだろうと思ったんだよ。
そう言って、声の主はクスリと笑った。



何処からそんな自信が出てくるのか分からないが、信じてみてもいいかもしれないと名無しさんは思った。

それに外に出る事ができる。

もしかしたら一生叶う事のない願いを声の主はできると言ったのだ。

一生親の言いなりになるよりはある意味賭けともいえるこれに賭けてもいいのかもしれない。

名無しさんは覚悟を決めて顔をあげた。



「わかりました。その願い、全力で努力します。」



そう声の主に向かって答えると、そうか…とどこか安心したような返事がかえってきた。



((では、今から行うとしよう))



へっ…?と間抜けな声が出てしまいすこし恥ずかしくなったが、同時に視界が真っ白になったことに驚いて叫んでしまった。

すると、目の前に高身長のアラビアンな服を纏った男性が現て名無しさんは警戒するように構えたが男性は害のない優しい微笑みで「落ち着いて」と名無しさんを諌めた。

その声で先程話していた声の主だと分かり名無しさんは警戒していた構えを解いた。



「何をしたの?」



「あちらの世界から君を切り離しただけだ。」



「はっ・・・?」



なぜそんなことをしたんだ。

…はっ!まさか外に出すというのは口実でなにか別のことを実は企んでいたというこ
とか!


あわあわと慌てだした名無しさんをアラビアンな男性はクスクスと笑ってみていた。



「勘違いしているから言うが、外に出すというのは今君がいる世界から君を切り離し、別の世界に送るという意味なんだ。」



「別の…世界に?」



「そう、君はマギという書物を読んでいたよな?」



「え?はあまあ読んでました。」



うん、読んでいましたとも。

自由のないこの世界に唯一の救いの学校の友達からあれよあれよといろいろ読んだ中で面白かった漫画のひとつだが…それがどうしたというんだ。



「その世界に行ってもらう。」



「ん?」



アラビアンな男性の唐突な言葉に名無しさんは思考が固まった。

何この二次元発言…。

うわぁ・・・とドン引きしている名無しさんにアラビアンな男性はハアと溜め息をついた。



「まあ君にとって引くような発言だったとしてもこちらとしては現実なんだが。」



アラビアンな男性は苦笑しながら名無しさんをみると名無しさんはハッと意識をもどしてまじまじと男性をみた。

男性はふっと微笑んで名無しさんに向かって左手をかざす。

すると、名無しさんの周りが光りだし、足元から名無しさんの体が透けだした。

慌てる名無しさんに男性は優しく微笑んで見送る。





「頼んだよ…運命を憎み理から外れた黒き者からルフの導きから堕ちてしまう前に…
白き者を救ってほしい。」



「黒き者って…アル・サーメン。」



「人の世界ではそう呼んでいるみたいだね…頼んだよ、“約束された子”よ。」


男性の言葉に名無しさんは息を呑んだ。


(この男、どこまで知っている…?)


警戒するように男性を見るも本人は優しく微笑んだままで、それが妙に毒気を抜かれた。



「ルフに導かれし子よ。己の運命を恨むでない。…君は自由を得たこの世界で様々な
ものを得るであろう。」





((黒き者に惑わされるなよ…お主はひとりではない。))


視界がまっ白くなった時、男性の声は頭に響くように聞こえてくるようになった。


「あなたは…いったい」


誰?と呟くと男性がフフッと柔らかく微笑んだ気がした。



((私はかつて国の王であった…ソロモン王))



「ソロモン…王」



((さあ頼んだぞ名無しさん。願いを叶えておくれ…))



少しだけ悲しみが含んだ声色に、胸が締め付けられた。

意識が遠のく中、男性…ソロモン王は思い出したように語りかけた。



((そうだった。私の願いは君の願いと比べて少し重いから三つ願いが叶うプレゼン
トをした。))



現地についてから心に願い事を思うと叶うから…。



そう言うソロモン王の言葉をBGMに名無しさんは意識を飛ばした。

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