短編

□想うはあなた一人
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 いつだって、あの人は私の前にいた。

 私がみるのは、あの人の背中ばかりだった。


 「知盛」


 名前を呼んだって、もう届かないけれど。

 あの人には、海の青は似合わなかった。


 「…ばーか」


 戦場で刀を振るうのが、何より似合ったあの人。

 平家の赤が、誰より似合った人。

 血に染まった旗の色だと、恐れる者もいたし、嘲る者もいた。

 けれど私にとって、何よりも神聖な色だった。


 「死んじゃったら、手合わせも出来ないじゃん…」


 誇り高く、美しい、孤高の獣のような、愛しい人。


 「…赤は、平家の赤だけど。私にとっては、知盛の色だよ」


 彼岸花は、この世とあの世の境に咲く花と言われている。

 それは、根にある毒故か。単に季節柄故か。

 群生するその花は、実をつけないで増える花。毎年同じ場所に咲く、不思議な花。

 一輪手折って、提灯にする。


 「知盛……」


 茎にわずかにあるという彼岸花の毒。口にすれば、貴方の元へ逝けるだろうか。


 「………馬鹿みたい」


 ふっと笑って、彼岸花の赤に身を沈める。


 「……追いかけてなんか、やらないからね」


 後追いなんて、私も彼も望まない。

 ただ私は、毎年この季節には、彼を想うのだろう。


 「……愛してる…」


 その言葉を、口にするために。




  マンジュシャゲに想いをはせる
 (彼岸と此岸の境の花ならば、この声を届けてくれるだろうか)


title by;Aコース
 

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