短編

□雨は止んだらしい
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 「きもちー…」


 縁側に座ってぼんやりと空を見上げながら、名無しは呟いた。


 「いー天気…」

 「此処にいたの?」

 「ん〜?小松さん?」


 背後からかけられた声に、後ろに手をついて首を後ろに向けて仰け反る。


 「…なんて格好してるの。女なんだからせめて身体ごと振り向くとかしなさい」

 「別にいーじゃない。小松さん、気にしないでしょ?」

 「気にしないというかね…。君には注意しても無駄な気がしているよ」


 溜息を吐きながら少し後ろに腰を下ろすのを横目で見ながら、名無しはくすくすと笑って空に視線を戻した。


 「今日、いい天気だね〜」

 「そう?雨の降る空を見上げていい天気っていうのは初めて聞いたよ」


 朝からしとしとと、決して強くはない雨ではあるが、空には雲が立ち込めて確かに地面を濡らす雨を降らせている。


 「でも雨、もうすぐ止むよ」

 「君、わかるの?」

 「空明るいし、雨も弱いし。雨のにおい、弱くなってきた」


 言われるがままに空に目を向けると、確かに雲に切れ目が見え、日差しが見える。


 「ね?」

 「そうみたいだね。でも、そろそろ空を見るのは終わりにして中に入りなさい。風邪をひくよ」

 「え〜?雨、気持ちいいのに…」

 「馬鹿言わないの。君が風邪をひいたら誰が迷惑すると思ってるの」

 「言うほど濡れてないよ?」

 「いいからほら」


 腕をひいて立ち上がらせて、名無しを部屋の中に入れる。夏前の気温の高い季節とはいえ、濡れた着物は体を冷やす。


 「何が言うほど濡れてないって?袖、水が絞れそうだよ?」

 「そう?」

 「ほら、早く身体を拭いて。着替えを持ってくるから、おとなしく此処に居るんだよ」

 「はーい」


 くすくすと笑いながら、頭に載せられた手拭いで髪を拭く。
 小松が人を呼び、着物を用意させるのを後目に、名無しは再び空を見上げる。


 「…あ」

 「今度は何?」

 「雨、止んだみたい」


 雲が流れ、明るくなった空を見上げる。


 「そろそろ、ゆきのところに行かないとね」


 仕事は?と問うてくる名無しに片付いていると告げ、用意された着物を手渡す。


 「君が濡れてなければすぐにでも出られたんだけどね」

 「はいはい。すぐに着替えます〜」


 隣室に入る背中を見送り、小松は溜息をつく。


 「……ま、泣いてないならいいかな」


 先ほど見た雨に濡れている様は、まるで泣いているようにも見えた。けれど今はその影もなく。


 「小松さん、準備できたよ〜」

 「そう。じゃあ行くよ」


 雨が上がったのなら、それでいい。神子殿のところに向かおうと屋敷を出た。




--雨は止んだらしい--
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