短編

□雨は止んだらしい
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 「あ、」

 「どうかした?」

 「虹が」


 吊られるように小松が空を見上げると、雨の上がった空には大きな七色の橋を架かっていた。
 足を留めた名無しはしばらく空を見上げたまま黙っていたが、不意に思い出したように口を開いた。


 「あのね、小松さん。虹の根元には、宝物が埋まってるんだって」

 「虹の根元?」

 「そう。昔ねぇ、虹の根元を探したことがあるの」


 歩いても歩いても虹は近づきはしないし、足は疲れるし、何処にいるかわからなくなるし。泣きそうになりながら、それでも虹の根元を探して歩き続けたのだと、名無しは笑った。


 「結局見つからないまま虹は消えちゃうし夜になっちゃうしでね、それ以来、虹ってあんまり好きじゃなかった」

 「それはまた、虹も迷惑な話だね。八つ当たりで嫌われて」

 「ホントにね」


 クスクスと笑って、名無しは視線を下ろした。


 「でも今は、好き。虹の根元、見つけたから」

 「へぇ?それで?根元には何があったんだい?」

 「ふふ、秘密」


 虹にはもう視線を向けることなく、名無しは歩き出す。


 「虹ってね、そもそも太陽光が空気中の水分で屈折したり反射して出来たものだから根元なんてないんだよ」


虹の根元の宝物。それは遠い昔の人間が、そんな科学で虹を分析できないでいた人間が、綺麗な虹に夢を見たのだろう。


 「旱の徴とか、虹を指すと指が腐ったり刃物で落とさないと虹に襲われるとかそんな言い伝えもあるけどさ、ただの光の反射。怖いものじゃなくてただ綺麗な自然の光景」


根元がないから、宝物なんかない。
でも。


 「こうして、小松さんと見られて良かったと思うから、宝物なんて要らないと思うよ」


何気ない一時。それが幸福だと気付くのはきっと、この騒がしい世が、戦いが終わってからだろう。


「私、雨の後の青空が好きなの」


 雨が全てを押し流す。そうすれば。


 「綺麗な虹が見れるから」


 今の慌ただしい世が過ぎ去れば、きっと、わかる。


 「もう少し、ゆきに付き合ってあげてね」

 「言われなくてもわかっているよ。ゆきくんと私の目的は同じなのだから」


 宰相を倒し、幕府を倒し、そして日本に新しい夜明けを。そう願っているのだから。


 「そう」

 「それでなくとも、ゆきくんへの助力を惜しむ気はないよ」

 「ゆきは可愛いからね。わかるよ」


 一歩。それが小松と名無しの距離。


 「健気で、儚げで、強くて、優しい。可愛くて、芯も強くて。誰でも、惹かれるんだ」


 近づけない距離。それは同時に、心の距離。決して踏み込ませない、名無しの壁。


 「君は、隣を歩かないね」

 「うん。決めてるの」


 そうするのが一番いいのだと、名無しは思う。いずれ分かたれる道ならば。


 「君の言うことは突拍子もなくて繋がりもわからないけど、」

 「ちょっ、さり気に酷い」

 「たまには、ゆきくんを介してではなく側にいたいと、言ってくれないかな?」


 ぼっと音がしそうな勢いで顔を赤くした名無しに、小松は満足そうに笑った。


 「隣に並んで歩きなさい。嫌だというのなら、命令すればいい?」

 「…ずるい」


 この異世界に来て小松の家臣として従う名無しには拒否など出来ない。



 ぬかるんだ道を並んで歩く。
 晴れた空は七色をいつの間にか飲み込んでいた。



--あと一歩で貴方の隣--
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