短編
□渇望したもの
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幸せな時には、それを“幸せ”とは気付けないもの。幸せを失い、不幸せに陥った時にはもう手遅れ。
“あの時の幸せ”にはもう、戻れないのだ。
「崇と、生きるのもいいかもねぇ」
「…どうしたのさ、急に」
現代に戻り、一人ぶらぶらと外を歩いていた。一人になりたいような、なりたくないような。不思議な感情を持て余して。そんな時に崇と出逢い、ただ2人並んで歩いた。
「ん〜…だってさ、私、ゆきの選択がどう転んでも消えるんだもの。それなら、ゆきの選択にない世界なら生きられるんじゃないかなって思ったの」
「…テキトーだね、名無しって」
「テキトーで生きられるなら、それはそれでいいと思わない?」
「思わないよ。僕は僕が生きたいからこうしてるんだ」
「そっか」
さくさくと砂を踏みしめる音だけが響く。一面が砂漠で、目的地もない。ただただ、歩いた。
「崇はさ、この世界で何がしたい?」
「…わかんないよ」
ただ、消えたくないのだ。ゆきの記憶から。優しくされた記憶から。“崇”であることを消したくないのだ。それを子供の癇癪と言われたとして、それを誰が否定できるのか。誰だって、自分の生きる時間を、生きた時間を消したくないものではないのか。
「名無しは?何がしたいの?」
「私?…そうだなあ、生きたい、なあ…」
「そうじゃなくて、」
「生きて、子供産んで、家族で生きてみたいな」
笑って、名無しは言った。それすら、望めなかったのだ。女としての幸福とか、当たり前の未来が、そもそも自分たちには存在しなかったのだから。
「……じゃあ、僕と行く?」
「それもいいねぇ」
「いいじゃん、僕と行こうよ!お姉ちゃんしか見てない瞬兄なんか放っておけばいいでしょ?」
未来のない者同士で、何処にもなかったはずの未来を作ってもいいじゃないか。
「だって、お姉ちゃんと行けば消えちゃうんだよ?僕、名無しまで居なくなるなんて嫌だよ!」
どうせいずれ失うものならば、今失っても同じ。
「…そうだね」
「名無し」
「お別れだけ、言いに行こうか。道を分かつなら、それは伝えなくちゃ」
そろそろ探されてるかもしれない。別れを告げて、この世界に残って、それで得られるものがあるのなら。
「行こう、崇」
「うん」
幸せの永遠
(続くはずのないものと知っても)
(それを得る為なら人は何処までも愚かになれるのだ)