■Short story■

□雪兎
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「ごめんくださいまし」



まだ夜も明け切らぬ早朝。
冬の凛とした寒さに響く女の声に、彼は薄っすらと重い瞼を開けた。

こんな時間に一体誰だと心中で愚痴を零しつつも、障子の外に立っているであろう相手の霊圧を探る。
しかし、寝惚けているせいか、はたまた相手が霊圧を閉じているのか、上手く相手の霊圧を認識出来ない。


「ごめんくださいまし」


その間も女は部屋の主である、冬獅郎を呼び続けている。

外はまた雪でも降っているのだろうか。
深々と積もる雪の冷気が寝起きの冬獅郎の肌を刺す。

このまま居留守を決め込もうとも思うが、この様子だと女は冬獅郎が出て行くまで部屋の前を離れないだろう。
何時からそこにいるのかは知らないが、真冬の寒さの中、これ以上外で待たせるのは気の毒にも思う。
何よりいつの間にか完全に覚醒してしまった後では、もう一度寝直す事は出来そうにない。

折角の非番にどうしてこんな事に…と小さく舌打ちをしながらも、半纏に袖を通して部屋の障子を開けた。
折角の休日を台無しにされたせいもあり、文句の一つでも言ってやろうと口を開く。


「こんな時間に、一体誰……!」


障子の外に立っていたのは、雪の降り積もった背景も相まってまるで雪の精かと見紛うばかりに美しい女が一人。
新雪の如く白い柔肌映える、愛らしい兎に似た南天の様な紅い瞳が印象的で思わず見惚れてしまう。

女は冬獅郎の姿を目にすると柔らかく微笑み、淑やかな仕草で頭を下げた。


「私(わたくし)、日番谷 冬獅郎様にお礼をさせて頂きたくてここに参りました」

「……礼?」


女の言葉に我に帰った冬獅郎は、元々気難し気に寄せられている眉間の皺を更に深くする。
しかし、女は冬獅郎の問いには答えず、ただにこりと微笑み返すだけだった。

先日、流魂街で虚退治をした際に助けた者だろうか。
いやいくら任務に集中していたとは言え、こんな一度見れば忘れられない程の美貌の持ち主を覚えていない筈が無い。
それに、そもそも流魂街の者が死神の棲家である瀞霊廷には入れる訳が無い。
身形からしても、貧しい家の者には見えない。
だとすると、死神である誰かの親族か……

などと冬獅郎が考えを巡らせていると、少し腰を屈めた女が背の低い彼の顔を覗き込む様に話し掛けて来た。


「お食事はお済ですか?」

「あ……いや…////」


思いの外近い距離で見詰められて、不覚にもドキリと心臓が跳ねる。
それを悟られたくなくて素っ気無く顔を逸らすが、女は冬獅郎の返答に嬉しそうに笑った。


「では、私が御用意致します。お勝手をお借りしますね」

「な……おい!」


冬獅郎の制止も聞かず、女はずんずんと勝手知ったる風に部屋の奥へと進んでいく。
突然のそれも予想外の展開に、神童と謳われた流石の彼もついて行けず、一瞬ぽかんと立ち尽くしてしまった。

しかしながら、女に悪意は無さそうであるし、わざわざこんな所まで礼をしに来たと言う事は余程自分に感謝しているのだろう。
そんな彼女の好意を無下にするのは、今更気が引ける。
それに実際の所、朝食を用意して貰えるのは有り難い。
況してや何を言っても聞きそうにない女の態度に半ば諦め、溜息を吐きながらも障子を閉めると自分も部屋へと戻って行った。



 
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