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□2人の距離
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千早が好きだ。

そう自覚してから、どれ位の時間が経っただろうか。
いや、想いの分だけ、時間を遅く感じさせているだけかもしれない。

千早のことを考えると胸が苦しい。
太一は、自分の中の淡く強い感情を確認すると、口角を少し上げて、気持ちを切り替えた。

努力しなければと思う。

今は、遠征の帰りの電車の中だ。
他のメンバーとのスケジュールが合わず、珍しいことに2人で大会に出た。
試合の結果は、良くも悪くもなくそれなりに勉強のできるものだった。

千早は、人の気も知らず、すっかり身を預け寝入ってしまった。
(相変わらずの半目)
まったく、若い男女2人が遠出してるんだぞ。と声にもならないため息が出る。

ため息の反動に、思いのほか大きく空気を吸ってしまった。
空気に混じった千早の匂いが胸に広がり、また胸を締めつける。


「…千早、頼むよ。。。」

小さな声がもれた。

千早が感じのいい選手なのは、わかっていたが、こんな小さな叫びまで、耳に届いてしまうなんて

「ん?太一?どうしたの?」

「なんでもないよ。そのまま寝とけ」

そっけない態度を取り、太一も寝る体勢に入る。

「何?寝言?千早って聞こえた気がしたんだけど?」

あぁ〜ん?無視だ。無視。
まだブツブツ呟いてる千早をほったらかし、太一は次の乗り換えまで軽く睡眠をとるつもりだった。

ーーそう本当に軽くのつもりだった。


終点のアナウンスに、ハッと目を覚ます。
隣で、まだ寝ぼけている千早を半ば強引に電車から下ろし、
慌てて、戻りの電車を調べる。


乗ってきた電車が最終列車だった。

太一は、こんなマンガ的展開が起こるものか!と無駄に千早を揺さぶった。

「ここどこー?」

寝ぼけ眼を擦りながら千早が聞く。

「俺が聞きたいっ!」

その場にいても、仕方ないので、改札に向かう。


千早と二人。。。

知らない土地。。。

どうする俺?!

色んなことが頭を巡り、胸が高鳴るのを感じた。

降りたった駅は、絵に描いた様な田舎だった。
昼間になれば太陽の光をたくさん浴び、自然に溢れた良い所ですね。なんて言われるのかもしれない。

今は、街灯がひとつ。
マンガ喫茶は、もとより、コンビニも無かった。

ーこれから、どうする?

太一の心配を余所に、千早は、虫の声がどうだ、夜露がどうだ、
カルタの話を交えながら、興奮気味に辺りを見回わしていた。


ーどうする、俺?

というか、選択肢が無さ過ぎだ。
千早と野宿か?頭を抱えてしまった。

そこに、一台のタクシーがノロノロとやってきた。

「千早、行くぞ!」

タクシーに乗り込み、簡単に事情と財布の中身を説明し、泊まれそうな宿を紹介してもらった。

随分、寂れた旅館だったが文句は言えない。

ニヤニヤしたドライバーにお礼をいい、
手続きを済ますと、暫くしてから、部屋に通された。

シンプルな和室の部屋に、二組の布団。

再び高鳴った心臓を理性で抑えた。
呼吸を整え、ふと視線を移す。

千早は、ヤケにテンションが高い。
無理をさせてるのではないかと思った。

「…千早?」

千早の体がビクっとなる。

これでも少しは意識してくれているようだ。

幼なじみ、部活仲間、カルタ会、、色んな関係が絡み合い、
壊したくない衝動と、壊すリスクを背負ってでも一歩先に進みたい衝動がぶつかり合う。

「…千早」

もう一度、名前を呼んでみる。

「何?太一どうしたの?なかなか良い部屋だね?」

挙動不審過ぎる千早に、気持ちは削がれ、何か安心出来る言葉をかけてやろうと、
口を開きかけた瞬間、何かが、塞ぐように口をめがけてぶつかってきた。

頭がついてこなかった。

ぶつかって来たのは、千早で、千早は、真っ赤な顔で下を向いていた。

キス…??勢い有りすぎだろ?
ヤケに冷静になってしまった自分自身に笑えてきた。

「千早、好きだよ」

自然に言葉が出てきた。

千早も、太一も、いつもの笑顔で笑っていた。

自然な距離、自然な流れ、何もかもが上手く進む気がした。

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