pdl

□におい
1ページ/1ページ

距離が、近い。
わざとらしい香水が、きつい。


私の友達は、割と派手目の子が多い。
一緒にいると楽しいし、話も合う。

だがどうして。
こんな突然合コンの様な事になっているのか、こういった感覚は全く理解ができない。

駅前のカラオケ。ここは安くてこの辺りの高校生には人気がある。だが、いかんせん狭い。
私がお手洗いに行っている間に、友達が偶然中学の同級生に再開したとかで男女織りまぜてギュウギュウで座る羽目になっている。




「ねぇ、なまえちゃん。彼氏いるってホント?」

耳元で声をかけられる。
あぁもう。

この男の友人の歌がうるさい。

話なんて聞きたくもないのにこの音量のせいで男が顔を寄せて話しかけてくる。
狭いせいか、背もたれに回された腕のせいでわたしはずっと浅く腰掛けていなければならないので、座り心地は最悪だ。 だからといって、これ以上深く腰掛けると肩を抱かれている格好になるではないか。

あぁもう。

「いるよ。1年からずっと付き合ってる。」

ハッキリ答えて、携帯で時間を見る。 そろそろ彼の部活も終わる時間だ。
インハイ常連のチャリ部に所属する靖友は忙しい。


部活で汗を流している彼を思う。反して私はカラオケで何故か合コン紛いの事をしている。
確かこの男メンバーは何度か顔を見た事がある。隣の男も然り。

こちらは名前も知らないのに、馴れ馴れしく下の名前を読んでくる。見た目も軽けりゃ中身も軽い。嫌いなタイプ。嫌いなタイプ。嫌いなタイプ。



あぁもう。帰りたい。

今日何度も思った願いが通じたのか、テーブルに置いた携帯が『荒北靖友』と表示して震え出す。
やった。言い訳にして帰ろう。


携帯を狭い室内、嫌いなヤツの膝をできるだけ掠めない様にすり抜けて外に出る。


『なまえ?お前今どこにいんだヨ?』
カラオケ。もうすぐ帰るとこ。自分の状況を伝えて、やましい事は何も無いけれどもどうかこの状況がバレませんように。 と祈りを終えた所で、嫌いな香水の匂いが鼻をついた。



「なまえちゃん、帰るなら送っていくよぉ。」



あぁもう…絶対ワザとだ。
彼氏からの電話だと伝えて出てきたのに。
送られる理由も無ければ、そんなに声を張り上げる必要もないだろう。

ニヤニヤ笑っている顔を見て確信を持つ。



こういったタイプの男は、ひっかき回すのが好きなのだ。
修羅場を楽しむ。
あぁもう。


『ハァ!?誰だよ今の、なにしちゃってるわけェ?』
ほら。靖友に聞こえちゃってる。

あぁもう。

舌打ちの音が聞こえて、少し低くなった声で言われる。
『ハッ、なまえチャァン?迎えに行くから店出てろォ、外暗ェから店の前から動くんじゃねーぞ。』


短く返事をして通話を終える。中にいる友人に帰る事を告げ、一人店の外に出る。

駅前にあるこの店から自宅はそう遠くない。歩き慣れた道でもある。 それにも関わらず、靖友は私が一人暗い道を帰る事を嫌う。

愛されているなぁ、と思わなくもないけれども部活で疲れている彼を煩わすのは気が引ける。普段彼にバレなければそのまま歩いて帰っている時間帯でもある。


「なまえちゃん。彼氏迎えに来るのー?ね、携帯教えてよ。
俺の友達が合コンしたいって言ってるんだよねー。またみんなで遊ぼ?」

…まただ。

あの男がわざわざ店の外に出て来て私に告げる。

笑顔が可愛い、と友達の誰かが言っていた。少し長めの髪に犬のような表情。 以前誰かがコイツは学校で人気があって、電車内でもよく声をかけられると言っていたので自分に自信があるのだろう。


こんな男より靖友の方が数倍かっこいい。

私じゃなくても女はたくさん寄ってくるだろうに。
見えないかもしれないが、私は友達でもない男と番号交換をするほど軽い女じゃない。 彼氏が迎えに来ると分かっていて番号を聞いてくるその神経がわからない。


「彼氏いるから男の子とは番号交換しないんだ。ごめんね。合コンなら誰か違う子に声かけてみてよ。」

できるだけそっけなく、でも友達の面子を潰さない程度の愛想を込める為に笑顔を乗せて答える。


こいつの香水は嫌いだ。早くお店に戻れば良いのに、と思った所でザッと風が吹く。

嫌な匂いが一瞬で消えて、視界の端にBianchiが映る。

一気に周りの景色が変わる。極彩色に。こんなにも世界は明るかったのか。

あぁ神様。彼と自転車を、彼と私を、引き合わせてくれてありがとうございます。
その上彼と思いを通わせて、少なくとも他の女より一段上の所に置いて貰える存在になれて、一生分の幸せを高校生の内に使ってしまったかもしれない。 そう思える程に大好きな彼を視界に入れる。



…が、大層不機嫌そうな顔。
「なまえ。帰ンぞォ。」
目付きが悪い。いつも悪いが。鋭い視線を男に向けながら私の腕を取る。


「ふーん。彼氏、思ってたタイプと違うね。…また遊ぼうね、なまえちゃん。次はさ、あそのミルフィーユ食べにいこ。」

男は犬の様な笑顔で近くにできたカフェを指差す。
なぜあのお店のミルフィーユが好きだと知っているんだ。 まだ数える程も行っていないのに。
まだ靖友とも行けていないのに。


「ハッ!口説いてんじゃねーヨ。このボケナス!これ俺のなんだけど知らなかったァ?」

はっきりとした牽制に恥ずかしさよりも嬉しさが勝って、彼を振り向く。

ふーん。でもま、またね。と笑顔で店内に戻るあの男なんてどうでも良い。
いや。こんな素晴らしいセリフを聞かせてくれた原因なのだからに感謝してやっても良いかもしれない。


いやいやいやいや。先ずはこの状況の言い訳をしなければ。私に落ち度はない。番号も教えてない。


はぁ、とため息が聞こえる。
「なまえ??ちょっと隙見せすぎなんじゃないのォ?どういうつもりなわけ?」
口の端を上げて下から覗き込まれる。かっこいいなぁ。好き。好き。大好き。



「…くっせ」
髪を一房とって荒北くんが顔にもっていく。
「こんな時間に男といるんじゃねーヨ。自覚あんの?」
「…ごめん」



あぁ神様。
妬いてくれる彼なんて滅多に見られません。ありがとうございます。

「あるよ。自覚。今日のはほんといきなりで。ずっと帰るタイミング探してた。電話くれてありがと」

疲れているのに迎えに来てくれたお礼と、この状況の言い訳と、最近の調子と。たくさん話したい事があるから帰り道だけで足りるか心配だ。

学校ではあまり二人になる事はないし、靖友の部活はハードだし。
今日は忙しい彼に、少しでも長く会えて幸せ。


明日の練習は何時からだろうか。
家から寮までの時間と、両親が帰ってくる時間と、靖友の睡眠時間とを考えて、少し遠回りになるけれど公園で座って話せるだけの時間があるのか聞いてみよう。
途中でお詫びのベプシを買って。

少しでも長くいられる様に、いつもよりゆっくりと足を踏み出す。


◆◆side荒北◆◆
くせぇ。
なまえからいつもと違う匂いがする。さっきの男のニオイ。
自分に振り向いた時からずっと鼻をつくこのニオイ。
髪だけなのか、どこからなのか。首筋に顔を埋めて確かめたい。

仲の良いみょうじ家の両親が金曜日に外食している可能性と、明日の練習開始時間と、女には色々準備がいると泊る時に抱えてくる荷物を取りに帰る時間と、寮に連れ込む方法を考える。

イラつきで疲労はぶっとんだ。いや、疲れてはいるがマーキングしなおさないと気が済まない。

どうせこのままだと腹が立って眠れない。どうせ眠れず疲れが取れないのなら、イラつきの原因であるなまえに癒してもらうのが通りではないか。


いつもは嫌がるあんな事やこんな方法を考え、今日ならあんな事も許してくれるかもしれない、非はなまえにあるのだから。と、緩む頬を必死に引き締めてみょうじ家に向かう。

やけにゆっくり歩きたがるなまえは、やはり反省しているようだ。



fin
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ