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□手の届かない人
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何気無く付けていたテレビの画面に釘付けになる。

『世界で活躍する日本人スポーツ選手』という特集で画面いっぱいに出てきた顔。
その彼は私の意識を一気に高校時代へと引き戻し、突風が吹いたかのように胸を懐かしい痛みが襲う。



少し頬がこけ、鋭くなった眼光。
しなやかだった筋肉は大人の男性特有の硬さを帯び、
あの頃より一回り身体が大きくなったように思う。

少年から戦う男に変化した彼に、
あれからどれ程の月日がたったのか思いを巡らせる。



胸が締め付けられても目で追わない日は無かった日々。
厳しい自転車部に在籍していた彼は、
今や海外で活躍するまでになっていたのか。


相変わらずの整った顔。

きっとたくさんあそんでるんだろうな。
きっとモテるよね。あ、でもアジア人ってモテるのかな。
だけどテレビに映る彼はとってもセクシーだし。
夜な夜な遊び歩いてたりするんだろうなぁ。


同じ高校だった彼が有名になっている事に嬉しくなる。

彼が出入りしているバーで、偶然出会う自分を想像してみる。
彼は私の事を覚えていないだろうけれど、
同じ高校だったと言ってみよう。彼は運命を感じてくれるかな。

そんな非現実的な事を想像した所で、
テレビの画面は彼の自宅に切り替わる。

「あ…!!」

みょうじさん…!


彼の自宅には、高校時代の彼の彼女がいた。
続いていたんだ。

胸に、チクリとした痛みが走る。

派手に付き合っている事を触れ回っていた二人ではない。
けれども高校生としては長い付き合いをしている二人は、誰もが知るカップルだったと思う。


笑顔で食卓を囲む二人。

彩りの良い料理の数々。
派手ではないけれども、素人目からしても栄養バランスを考えて作られている事がわかる。

活けられた花は可愛らしく、重さを伺わせる美しいグラス、鈍い光を放つ銀色のカラトリー。

日差しが差し込むダイニングで、全てがキラキラと輝いていた。


比べて自分は…
蛍光灯に照らされた安物のグラス、
自身の為だけに作った料理、
そこに直接差し込まれたフォークを見ると、急に食欲が無くなる。



彼を見ているだけだった高校生活が終わり、大学生、社会人となって付き合ってきた人達を思い出す。
それなりに良い思い出も、痛みを覚える事もあった。

けれども、きっと彼程私の心を捉えた人はいない。

新しい生活に気を紛らわせ、忘れた様に自分で錯覚させていた日々。


見たく無いのに視線はテレビから動かない。
彼女の笑顔が眩しい。
彼同様、大人へと成長はしたけれど変わらない笑顔。

テレビのナレーションが耳に入る。

『夫人は語学を学び、栄養学の……』

そう、見た目に反して成績は良かったと記憶している。
派手なグループにいたにも関わらず、高校時代は彼以外の噂を聞いた事は無かった。


彼女の高校生活は彼との思い出に溢れているのだろうか。
きっとその後、彼と共に生きてゆく事を見据え、
彼の隣を歩んでいける努力をしたのだろう。



多くの先客がいるその靴箱に、隙間を埋める様にしてねじ込んだチョコレート。
どうか、同じクラスになれますようにと願いを込めて見つめた一学期初日の掲示板。
友達に会いにいくフリをして探した教室。



私は、きっとあの頃とちっとも変わっていない。


スカートを、彼女の様にもう数センチ短くする勇気。
自分の番号を渡す勇気。
何気無くを装って話しかける勇気。

最後まで見ている事しかできなかった。



もし何か、一つでも行動を起こしていれば。
万が一、百万が一の可能性はあの頃になら落ちていたかもしれないのに。

今となってはただの同窓生。
彼はきっと私の存在すら知らない。



番組は、彼のゴール前のスプリントで締められた。
熱い眼差し。

…胸が苦しい。うらやましい。
彼女が羨ましくてどうにかなりそうだ。
あの瞳を捉えて離さなかった彼女。


次の同窓会には思い切って出てみよう。
彼の噂話の一つくらいは聞けるかもしれない。


再放送の予定を調べ、録画の予約をする。
入会したまま足が遠のいたスポーツクラブへ出かけようと、準備した食事へかけるラップを取りに立ち上がる。


次の恋に向けての準備を、今から整えておこう。
小さな自信を積み重ねて、勇気にするために。

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