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□もう一度その腕を
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人より少し優れた容姿をしている自覚はあった。



高校時代にスカウトを受け、小さな仕事をコツコツとこなして今の地位にいる。

少なくは無いCM契約。
ヒット作と言われるドラマや映画の主役もやった。


手に入れたものは数えきれない。



『細身のわりに胸はあるヨネェ』

そう言って笑いながら私を抱きしめてくれていた腕は失くした。



液晶画面の中で自慢の脚を晒しているいる私を見ながら
『こういうのって何かコーフンすんネ』
と言いながら彼がスカートの中にに手を伸ばしてきたのはいつの頃だっただろうか。


大学と芸能界。
二束の草鞋を履いていれば、彼と一緒に過ごす時間は必然的に減っていったけれども私は彼以外なんて考えられなかったし、彼もそうだと思っていた。


彼、荒北が大学を辞めて欧州のクラブチームへ入団するまでは。



次々と舞い込む芸能界の仕事。
欧州との時差。

気づけば慣れない環境の彼を思い遣る事なんて出来ないほど仕事に忙殺されていて。
彼も今までにはない練習量、プロとの力の差、慣れない環境の中で私の為に割く時間は減っていった。



別れを切り出したのはどちらが先だったのかもう覚えていない。
昼も夜もない生活。睡眠時間など真っ先に削られていって、その頃の記憶は朧気だ。


気づけば私は芸能界の第一線へと躍り出ていて、彼もまた自転車レース界の第一線へと上り詰めていた。



何人かの人とお付き合いをしてきたけれども、結局荒北の影を追い払うことは誰もできなかった。

誰に抱かれても快感と共に拾い上げるのは彼との違い。


指の間をすり抜ける髪が違う。指が違う。囁く声が違う。



思い出すのは彼の意外なほど器用な指。
不器用に囁かれる愛の言葉。

どんなにロマンチックなデートよりも私の心を満たしてくれるのは、彼と同じ部屋で過ごした休日の思い出。


いま私の部屋には一枚のポスター。

大御所と呼ばれるエロ爺との仕事の日、耐えきれない誹謗中傷。
辛い時はいつだってこのポスターに唇を落とすと、少しだけ頑張る勇気を貰える。



彼が好きだと言ってくれた髪。
彼が気に入ってくれていたこの身体。
彼が褒めてくれた私の勤勉さ。

彼と別れた後も大事に大事に磨いてきた。




『なまえチャァン』
少し間延びした声で呼ばれる声を思い出すと、心に少しだけ灯がともる。





だから、これはとても予想外の事だった。



目の前に、靖友が、現れるなんて。




有名な某都市のファッションウィークに出席する為、渡欧したホテルで。

呼び鈴が鳴り、ドアを開けるとそこには忘れられない貴方。



あぁ、目の前が碧に染まる

何故、とか

お互い何の言葉も無かった

ただ手を伸ばし

唇を重ねるだけ



細心の注意を払って身にまとったサンローランのドレスの事なんてもう頭の隅にも無かった。

靖友の鍛え上げられた身体に合ったスーツがやけに手触りが良いとかも。


気づけばベッドの上で泣きながら彼に揺さぶられていた。
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