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□正気なんてとっくに手放した
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アスファルトの照り返しを受けながら、こんなに暑い日にレースをするなんて正気の沙汰ではない、と思う。
けれど最近自転車部の周りをうろつく女子達に、誰が靖友の彼女なのかを分らせる為にもできるだけレースには足を運ぶようにしている。
ほら、やっぱりいる。
最近人の彼氏の名を呼ぶあの女子達。
どこの制服だ。
呼ぶな。見るな。消えろ。
自分でも性格が悪いと思うが、わざとその女子達の近くで声をあげる。
「靖友!」
にこりと微笑むと、靖友も笑顔を返してくれるはず…が、怒ったような顔つきで睨まれた。
睨まれた?は?暑い中来たのに?
「そこの1年!おめーのウェアもってこいィ!!」
近くにいた後輩に声を荒げながら、自分のウェアを脱ぎ始める靖友。
後輩のウェアをひったくり、自分が着ていたものを私の腕を取って袖を通させ始める。
「なまえチャァン?何考えてンの!?」
この甲斐甲斐しさはお兄ちゃん気質だな、と思わせる靖友にファスナーを上げられながらも私の頭の中は疑問符だらけ。
「本物のバカチンなの?ンな恰好で1人で来んじゃネーヨ!」
自分は後輩のウェアを羽織って、私の目の前で眉間に皺をよせて歯を剥きながらながら叫んでいる。
「恰好って、普通じゃん…」
今日の服装はタンクトップにショートパンツ。
暑いからできるだけ着るものの面積を減らしてきた。
周りを見渡しても似たような服装ばかりで浮いているとは思えない。
「ダァカラァ、そんな恰好で来られると心配で集中できナイっつってんの!分かれボケナス!」
…私の彼氏は頭がおかしいのではないだろうか。
そんなに歯茎を見せるとますますブスになるぞ。格好いいけど。大好きだけど。
そんな事を思いながら靖友のウェアに身を包まれて、少し顔を赤くしてしまっている私は、靖友に恋した瞬間から正気なんてとっくに手放している。