長編

□鬼と狐の恋愛事情
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『貴方だけを』





ガチャン


凛を下ろした鬼灯はすぐに部屋の鍵を閉めた。

ドアの方を向いているので顔は見えないが、息を切らしているのは後ろ姿でも分かる。
それほど全力で走ったのだろう、鬼灯がこんなに息を乱しているのを凛は初めて見た。


「___凛さん」

「は、はいッ!!」


名前を呼ばれただけで飛び上がりそうな程驚いてしまった。
今までに何の説明も無く、いきなり部屋に連れ込まれるなんて一度も無かったからだ。


「こちらへ来てくれますか__」

「...はい」


恐る恐る、呼ばれるまま、凛はうるさく鳴る自分の胸の音を聞きながら鬼灯へ近づく。
すると振り返った切れ長の目が、言葉もなく凛を見詰めた。


「お香姐さんが、貸して下さって...」


とても目を合わせていられない。
凛は視線を斜め下に向けて、気まずさを埋めるようにぽつりぽつりと事情を話し始めた。


「遅くなってすみません...残りのお仕事は残業してでもちゃんとしますから。あ、お香姐さんは悪くないんですよ...! 私を元気付けたくてしてくださっただけで___で、でも流石お香姐さんですよね! 着物のセンスも素敵だし、お化粧もすごく上手にして下さって...私なんかでも少しはッ____....!」

「なんて格好してるんですか」


だが凛が話し終わるのも待たず、鬼灯は凛を腕の中に閉じ込めていた。


「あ....のっ..鬼灯様___??どうして...」


何が起きたのか、頭で理解するよりも早く体は反応する。
言おうとした場繋ぎの言葉さえ吹き飛んで、一瞬で顔を真っ赤に染めていた。


「自殺行為です」

「っ____?...どういう、意味...?私もう死んでます」


鬼灯の腕の中に閉じ込められて、目の前に広がる黒色の着流しに息が止まってしまいそうだ。


「自分がどんな風に見られているかなんて、貴方は考えたことないんでしょう」

「あ、ありますよッ!鬼灯様と一緒だから目立っちゃってるのとか...ちゃんと知ってます。小さいし、九尾も目立つし、だから変に注目集めちゃうんだと...思います」


鬼灯が何の意図で自分を抱き締めるのかなんて分からない。
だけど、今はこの会話に必死に答えることで何とか誤魔化していないと...


「やはりちゃんと分かっていませんね。まったく....どれだけの男が貴方に夢中になっているかも知らないで」

「へぇ...!?何言って、それは激しい過大評価です!!」

「黙りなさい、無自覚鈍感狐!」

「むっ無自覚鈍感狐...酷い、そんなことっ...」


誤魔化していないと____そう思ったばかりなのに、誤魔化すなんてとても無理。

だって気づいてしまった、私、無自覚鈍感狐なんかじゃないですよ?

勘違じゃない、抱きしめられるとこんなに胸がいっぱいで_____やっぱり私は無謀にも鬼灯様が好きなんだ。


「第一、凛さんは警戒心が無さすぎる。今の状況分かっていますか?」

「怒られるはずが、何故か抱き締められてます...鬼灯様こそ熱でもあるんじゃないですか...?」

「はぁ...その鈍さは本当に問題です」


部屋に連れ込んで抱きしめても分からないなら、もうストレートに言葉で伝えるしかない。
鬼灯はあからさまな溜め息をつくと諦めて決心した。


「私は今の凛さんを誰にも見せたくなくて焦ったんです」

「焦った?」

「そうです__」


もどかしさから眉間に皺を寄せ、今までに口にするのを我慢していた想いを言葉にする。


「誰にも見せたくない、独り占めしたいと思ったんです。それほど___私は凛さんが好きですから」

「え___」


その時本当に時間が止まったのかと思った、胸の音が大きく早く響いて__


「まだ幼かった凛さんを助けた日から、ずっと凛さんは私の頭から離れなかった」

「うそ...」

「気づけばもう何年も、私は凛さんだけを想っているんです」


あの時の『気づいてください』を鬼灯がどんな気持ちで言ったのか、やっと分かった。


そうか____

だから鬼灯様はいつも当たり前の様に側にいてくれたんだ

私の記憶に貴方が居なくても、ずっと一人で私を想って待っていてくれたんですね


凛は思わず鬼灯様の服をぎゅっと握りしめた。


「返事を聞かせてください」

「私...本当にさっき自覚したばかりなんです」


伝えたい気持ち程言葉にする難しさをよく知っているから、鬼灯は凛の小さな仕草からでも気持ちを汲み取る。


「構いません、ずっとこうなれたらと願っていたんです」


そう答えた鬼灯の声は小さくて、誰にも明かさず受け止められず、抱え続けたのだとひしひしと伝わってきた。


「ずっと気づかなくてごめんなさい」

「私が選んでそうしていたんです。 ただ、もう我慢は限界のようですがね...」

「え__?」


次の瞬間、鬼灯は凛をベッドまで連れていき、ためらわず押し倒すと上に覆い被さった。


「_____!!」


そして驚いて目を見開く凛を、一瞬で瞳に焼き付けキスを落とす。
数秒後ゆっくりと唇を離した鬼灯はとても満足そうな表情だ。


「凛さんがあんまり可愛いので我慢出来ませんでした」


凛は突然のキスに力が抜けて、まるでフリーズしてしまった様に頬を染め鬼灯を見詰めている。


「でも、ここまでにしておきます。無理矢理迫って嫌われたくないので」


そう言うと鬼灯は上から退いて、凛と同じように仰向けにベッドに寝転んだ。

二人並んで見上げる天井、早鐘のような自分の鼓動を聞きながら、ぼんやりする頭に何故か芽生えた気持ち。
気づいたらもう呟いていた。


「鬼灯様、ずるい」


そしてさっきとは反対に、仰向けの鬼灯にキスをした。


想われ続けてばかりなんて、たとえ気づいたばかりの気持ちでも

この気持ちは本物___


「私だって鬼灯様が好き」


その真っ直ぐな澄んだ目は、強い力で見るものを魅了してしまう。
今度は鬼灯が目を見開いた。


「___凛さんには敵いませんね」

「あ、うぅぅ....私、心臓が爆発しそう死んじゃう」

「さっきのは貴方からじゃないですか、勝手に自爆しないでください」

「だって...初めてですよ?」

「当たり前です、誰かに奪わせるはずがない。それに、キスくらいで狼狽えていてはこれからもっと色々するのにもちませんよ?」


"もっと色々する"に凛は思わず両手で顔を覆った。


「お手柔らかに...お願いしますっ」

「嫌です」

「じゃあせめて心の準備が出来てからゆっくり」

「凛さんの恥ずかしがる所が見たいので、それも却下です」


いつも通りだが、凛のお願いはキッパリと断られるのが鉄則らしい。


「意地悪っ...」

「誉め言葉です」
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