長編
□鬼と狐と神獣の日常
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『喧嘩の種』
_____コンコン
ノックの音の後、返事も待たずに執務室のドアは開かれた。
「どうぞ、お入りく「凛ちゃーん、お薬の配達だよー♪」
笑顔の白澤が軽快な声で現れたかと思うと、反射反応の様に鬼灯は立ち上がり持っていたボールペンを白澤目掛け全力で投げつけた。
だがそのペンを予測済みとばかりに白澤は軽やかに避け、ペンは見事に大理石の壁に突き刺さる。
舌打ちをした鬼灯が金棒に手をかけ次の攻撃の為に右手を振り上げたが、その攻撃を避けるべく駆け出した白澤の方が少し早かった。
素早く凛の影に隠れ勝ち誇ったように笑っている。
凛が前にいては金棒を投げつける訳にはいかず、右手は振り上げた姿勢のまま寸前で止まった。
_____私は盾ですかァ!!?
この数秒のやり取りに冷や汗と、盾にされ一瞬で青ざめた凛は恐らく三人の中で一番心拍数が上がっている。
「また性懲りもなく来たな白豚」
「おまえにじゃなくて、凛ちゃんに会いに来たんだ暗黒鬼!!」
「薬なら私が仕事のついでに取りに行くと言ってるじゃないですか」
「それじゃ僕が凛ちゃんと会えないだろバーカ!」
「アホが移る触るな」
「ヤダよ〜」
鬼灯を挑発するように凛の両肩に置かれていた白澤の手がスルリと体へ絡み、後ろから抱き締めると目に見えて鬼灯の苛立ちは増した気がする。
そしてそれに比例して凛の冷や汗と心拍数も増すのだった。
大理石の壁にペンが突き刺さるような喧嘩の真ん中に挟まれているのだから無理もないだろう。
また...また私を真ん中にして喧嘩する___!!
凛は内心涙目で声も出せず黙っているが、実はこのところ今の様な喧嘩は日常茶飯事だったりする。
週に一度は薬の配達、見計らった様に休憩中に現れたり、オススメの本だと凛が食い付きそうな漢方薬の本を持って来たりと白澤は閻魔殿に通いつめているのだ。
当然鬼灯の機嫌はすこぶる悪い、凛にとっては心臓に悪い日々が続いている。
頭上で飛び交う罵詈雑言に集中できる筈もなく、仕事の手を止め何か喧嘩を止める秘策は無いかと頭を悩ませていたら、突然白澤に話を振られて驚いた。
「凛ちゃんもそう思うでしょ!!」
「うぇぇっ!?なっ、なにがですか!?」
白澤は後ろから覗き込むように、凛の顔を見てもう一度質問する。
「僕がいると迷惑? 凛ちゃんは薬や本嬉しいよね?僕に来るななんて...言わないよね?」
この状況には心底困り果てていたが、白澤のすがるような目につい反射で首を縦に振っていた。
白澤の薬のお陰で以前より格段に妖力のセーブは安定して出来るようになっていたし、漢方の本ももちろん大好きなのだから答えとして間違っているわけではない。
だが、そんな目で見られては"白澤様が来ると喧嘩に巻き込まれて困る"なんて本音言えるわけがない。
「来るななんて言いませんよ、お薬助かってますし本も好だし!!うん...けど、そのぉ...「ほらね‼凛ちゃんが僕のこと邪険にするはずがないんだ、寧ろお前が邪魔なんだ視察にでも行けー‼」
"困ってますよ"と雰囲気だけでもやんわり伝えようとしたのだが、白澤の勝ち誇った台詞に阻まれ無駄な足掻きとなった。
そして、凛の白澤肯定的な返事に鬼灯のイライラは限界を迎えたらしい。
「____今すぐ、凛から離れろ」
鬼灯の低い声に更に凄みが増し、鋭く睨みつけると白澤の手首を掴んだ。
その威圧的な鬼灯のオーラに白澤と凛は同じ事を思っただろう。
「「(あ、ヤバッ....)」」
鬼灯は素早く凛から白澤を引き剥がすと、掴んだ手首を力任せに引っ張り背負い投げのフォームで白澤を吹っ飛ばした。
ぎゃあああっと叫び声を上げ飛んで行く白澤は、執務室の固い大理石の壁に叩きつけられ床にべしゃりと転る。
「〜ったいんだよ!! いくら僕が神獣だからって、お前は加減無さすぎッ‼!」
「鬼に加減なんて無用、そのペンと同じになるまで投げてやろうか」
「うッ...あぁーヤダヤダ、男の嫉妬はみっともないね〜」
鬼灯の言葉に一瞬怯みながらも、体中痛むはずなのにさも平気な顔で起き上がった白澤は言い返す口だけは決して止めない。
そして鬼灯も普段の冷静さが嘘の様に意地になって張り合うのだから収集がつかないし手に負えない。
「____嫉妬してるのはそちらでしょう?この際はっきり見せてあげましょう、私と凛がどういう関係なのか」
そう言うと鬼灯は見せつける様に凛の手を引き腕の中に収めると、顎に手を添え口づけようとした。
「なっ何する気ですか!!?ちょ、ま、待って鬼灯様! ストップストップ!!」
「こうでもしないとあのアホには分かりません」
わたわたと無駄な抵抗をしても近づく鬼灯に思わず硬く目を閉じた。
だが来る筈の感覚は来ない、代わりに鬼灯から引き剥がすように片腕がグンと引っ張られる。
「ッわぁ!」
「誰が大人しく見ててやるかよ! 逆に僕が目の前で奪ってやろうか?」
その挑発的な台詞にブチりと効果音が聞こえてきそうな程分かりやすく鬼灯はキレた。
「大量受苦脳処に堕とす‼」
「ハッ、僕を誰だと思ってるの? お前に堕とすことなんて出来ないよ」
あれよあれよという間に凛は二人に腕を掴まれ、取り合い状態。
しかも二人とも譲る気は全く無いらしく本気で引っ張るものだから堪らず声をあげた。
「いい加減にしてくださいッ‼子供の喧嘩じゃないんだから‼」
その声にピタリと動きは止まったが、どちらも一向に腕を離す気配はない。
「貴方の大好きな凛が痛がってますよ?さっさと離しなさい」
「その台詞、そっくりそのまま返すよ」
「だから二人とも仲良くしてください!!どうして顔合わすと喧嘩ばかりなんです?!」
「それは凛のせいです...」
「それは凛ちゃんのせいだと思う...」
「___私!?」
訳が分からないという顔の凛の認識は、やたらちょっかいを出してくる白澤にいつも通りヤキモチを焼く鬼灯という安定の鈍感狐クオリティーである。
「さっさと離せよ、可哀想だろ」
「そっちが離せ」
「ううっ、痛い痛い‼もうどっちでもいいから離してー‼」
狐と鬼神と神獣が集まれば、地獄が騒がしいのは日常になりつつあるのだった。