短編
□真夜中の温度
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主に炎で亡き者を呵責する八大地獄のイメージは、当たり前ですが『熱い』。
ですが此処にも分かりにくいながらも四季は存在します。
いくら熱いイメージだろうと冬は当然寒いのです。
「私、もし八寒になんて行った日には3秒ともつ自信がありません。」
「...今度一緒に八寒へ視察に行きましょうか」
「早速私を凍死させる気ですね?!」
心なしか楽しそうな声色の鬼灯様なら本当にやりかねないと、青ざめながら私は抗議の声を挙げた。
「大丈夫ですよ、凛も私と同じ鬼なんですから。寒さくらいでそう簡単にどうこうなりません。」
「うぐっ....まぁ、そう言われちゃうと確かにそうなんですけど...私が寒いの苦手だって知ってて酷いです!」
この必死の訴えは微塵も伝わってないのだろうか、鬼灯様らしい対応といえばそうなのだが書類を書きながら淡々と正論を言う姿に無駄にダメージだけ受けるはめになった。
年の瀬も、新年を迎えた今も閻魔殿はやはり予想を裏切らず忙しい。
そして鬼灯様も私も只今絶賛残業中。
しかし真夜中ともなれば冷え込みは増すばかり。
私と鬼灯様しか居ない執務室には気持ちばりの小さなヒーターがあるだけ、足に掛けた膝掛けが小さく震えた。
「女性には冷え性の方が多いですが、凛の場合は寒さに極端に弱いですね。」
「自覚はしてます。でもどうにもならないんです...寒いだけでひもじくなると言うか、色々な気力を根こそぎ奪われると言うか...きっと私冬は冬眠すべきなんですよ。」
そう言い切った私に流石に呆れたのか、鬼灯様も『お前は熊か』とでも言いたげな目で私を見ている。
「はぁ、色々な気力が根こそぎ奪われる...ですか」
そしてさっきの私の言葉を意味あり気に呟きながら、立ち上がると執務室を出て行ってしまった。
暫くして戻ってきた鬼灯様の手には何故か彼愛用のどてらと湯気のたつマグカップ。
「冬眠されては困りますからね」
これはどういうことだろう?
彼女の私に対しても、飴か鞭で言えば鞭担当の鬼灯様の年に数回有るか無いかのスーパーレアな飴ですか!?
「えっ...私の為に...?」
突然の飴に不思議なと言うか不審な顔をする私に、鬼灯様は不満そうな顔で文句を言いながら近づいてくる。
「そんなに驚かなくてもいいでしょう...温まってもらうだけですよ。さぁ、まずは寒いのなら厚着をしましょう」
そう言って肩に掛けられたどてらからは、ふわりと鬼灯様の香りがして不意討ちに胸が小さく鳴った。
「鬼灯様の....」
「やはり凛には大きいですね、温かそうなのがそれしか見当たらなかったんですよ」
「いっいえ!!そんな充分です、ありがとうございます!」
よく分からないけど、私が震えてたから心配してくれたのかな?
上着を1枚着ただけなのに不思議と温かな温もりが体と心に宿る。
鬼灯様のどてらすごい。
「厚着をしたら、次は体の中から温めるのが効率的だと思います。」
そして次に手渡されたのは、鬼灯様が作ったであろうホットココア。
「ココア好きでしたよね?」
「____好きです....!」
どうしよう感動しすぎて私今、目が輝いてるかもしれない。
大好きな人から受ける優しさはこんなに温かいんだ。
鬼灯は表情から感情が分かりにくいが、相手が何を求めているか見抜く力に優れている。
実は慕っている相手には結構尽くすタイプなのだ。
時にはこんなに分かりやすく目に見える形で...
そんな魅力に気づいているからこそ、自分のことを思ってしてくれた行為が嬉しい。
温かいココアの湯気と、口に広がる甘さに満足感から笑顔になる。
「とっても温まりました、ありがとうございます♪」
「そうですか、それはよかったです」
しかし、私は1つ注意しなければいけない点を見逃していた。
「_____では温まったかどうか確かめてみましょう」
「へ?」
鬼灯は相手を安心させておいて思い通り事を運ぶ策略家な性格も持ち合わせているということ。
すっと自然に私が座る椅子の後ろに立つと、何の前触れもなく肩に掛かる髪を片側へまとめ露になった首筋へ唇を落とした。
「ひッ____きゃぁ!!なななっ何してるんですかァ!!」
「何って...温まったか確かめてるんですよ?」
「どんな確かめ方っ!!?」
鬼灯様はバタバタと焦って頬を染める私を見て僅かに口の端を吊り上げ、暴れる私を宥めるように体へ腕を回す。
「知らないんですか?唇は人体でもっとも温度に敏感なんです」
「っ...やだ、そんなとこで喋らないで___」
「そして___」
耳に触れそうな距離で紡がれる言葉は一瞬にして妖しい色気を纏い。
後ろから回された腕には"逃がさない"と意思表示するように力が入る。
「末梢神経の集中した唇を刺激すれば、それは強力な信号となり脳へ送られる」
その濡れた声はまるで痺れ薬のように確実に私の思考を鈍らせていく。
「そして神経が興奮することにより、体中へ温かい血液を巡らせる____」
言い終えるが速いか、鬼灯は素早く彼女の顎を持つと自分の方へ向かせ唇を奪った。
思考が停止している間に温かい舌先が僅かに開いた隙間から口内へ侵入し、息苦しいほど舌まで刺激する。
「ふっ_____んんぅ.....」
部屋にはリップ音と荒い吐息だけが響いた。
解放された頃にはすっかり呼吸は乱れ、顔を真っ赤に染める程だ。
「すっかり温まったようですね?」
鬼灯様は満足気な顔でそう言った。
対する私はと言えば恥ずかしさと、してやられたという悔しさと
芽生えたての小さな復讐心
「ええ...お陰さまでとっても____」
まだ赤く染まったままの頬で、精一杯の力を込めた瞳を鬼灯へ向けた。
「少し温まりすぎたので、鬼灯様にも分けてあげますね?」
そして今度は私から唇を奪ってみせる。
私からしたくせに、唇から唇へ伝わる熱に胸はうるさく高鳴りっぱなしだ。
数秒後チュッと小さな音を立てて唇を離した後、ゆっくり開いた瞳に映る貴方の瞳はいつもと違う色
あ____ヤバい、もしかしてスイッチ入れちゃったかな?
「なかなかやってくれますね、凛から私を誘惑してくるなんて_____」
声色さえ明らかにいつもと違う
「嬉しいです、これはしっかりお応えしなければ______覚悟はいいですね?」
「よくないですッ!ここ執務室だし!!」
その後誰も見ていない執務室で起きた密事は、暫く忘れられない出来事として2人の脳裏に焼き付いた。
寒い寒い冬の
真夜中の温かさにはご用心