短編
□番傘の下で見る夢
1ページ/1ページ
『番傘の下で見る夢』
ぽつんぽつんと紫陽花に雨粒が落ちて宝石のように雫が光る。
それを見ながら凛は1人ため息をついた。
「早く帰らなきゃまだ仕事があるのにぃ...」
突然振りだした雨に逃げ込むように木の下に入ったが、完全には防ぎきれず雨粒がぽつぽつと体を濡らした。
ここにいてもどうせ濡れちゃうし...諦めて濡れて帰ろうかな。
濡れて帰ったら、あの人はどんな顔をするかな?
心配してくれるかな...?
頭に浮かんだのは厳しくて、でも本当は優しい常闇の鬼神様。
格好良くて、仕事ができて、異性に好かれて...何でもこなしてしまう。
遠い遠い憧れの想い人。
雨に濡れながら歩いていると、ぽろりと心の声がもれた。
「鬼灯様、私に振り向いてください....」
声に出てしまったらよけい切なくて、胸がちくんと痛んだ。
「凛こそ振り向いてください。私はここにいますよ?」
突然聞こえた大好きな声に驚いて振り返ると、そこには赤い番傘が良く似合う鬼灯様が居た。
「..鬼灯さまっ!」
「ほら、入りなさい。風邪を引きますよ?」
そう言うと、鬼灯様は私の腕を引いて傘の中に入れてくれた。
「濡れて帰るつもりだったんですか?体が冷えきってしまいます。」
「傘、忘れちゃって...」
私の濡れて張り付いた前髪を鬼灯様の細い指が丁寧にすいていく。
艶やかな赤い傘の中は、私と鬼灯様だけの空間で
聞こえるのは傘にあたる雨音だけなのに、うるさいくらい響く私の心音が聞こえてしまうんじゃないかと恥ずかしくてつい俯いてしまった。
するとすぐ、頭の上から鬼灯様の声がした。
「凛...こっちを向いてください。」
それは心音か雨音か
「こんなに近くに居るんですから」
ポツリと私の胸に温かい雫が落ちる
「私の気持ちに気づいてください」
その雫は大きな音を響かせて、私の胸にじんわりと甘く染み入る
「凛が好きなんですよ」
その音の正体は
深く深く恋に落ちる音
「あのっ...夢みたいなんですけど...?」
「夢なら覚めないようにしましょう。」
真っ赤な顔の凛を抱き締めながら鬼灯は囁く。
それはまるで
番傘の下で見る夢.....