短編
□魅了済み
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『魅了済み』
「戻りまし...たぁ...」
視察から帰ってきた私は目を奪われた。
「あぁ、お疲れ様です。」
鬼灯はいつも通り変わらない口調で話したが、彼の纏う雰囲気はいつもと明らかに違う
と言うのも、鬼灯が煙管を吸っていたからだ。
「嫌いでしたか?すみません、少し集中が切れてしまったので休憩をしていました。」
「いっ...いえ、大丈夫です。けど...鬼灯様って煙管を吸うんですね....?」
鬼灯様...煙管似合うっ....!
そう高鳴る胸を無視して、何とかいつも通りに喋りかけた。
細い指に持たれた味のある煙管
形の良い唇から細く出される煙りは、鬼灯の回りに霧のように漂う
その霧の中でいつもより気を抜いて、足を組んで座る鬼灯は何とも絵になっていた
"煙管を吸う"
という行為そのものが鬼灯にとても似合っていて、つい目を奪われてしまう。
「気が向いた時に、息抜きに吸う程度ですよ。」
「ちょっと...憧れます♪」
「駄目です、体に悪い。」
「えーっ!!」
不満の声を挙げた私に、めっ!
と言わんばかりに鬼灯様はデコピンをした。
ちょ、お母さんですか!?
ていうか、子供扱い....
そんな他愛ないやり取りをした午後から仕事は深夜まで続いた。
今日は徹夜コースとみた。
「鬼灯様、少しだけ休憩しましょうよぉ〜」
いくら片付けても山積みのまま次々に増えていくの書類を前に、休憩を提案したが返事がない。
「鬼灯さまっ....?」
隣の席の鬼灯を見れば、珍しく鬼灯は居眠りをしていた。
鬼灯様が居眠りなんてかなり疲れてるんですね...?
ていうか....鬼灯様かわいっ...
普段見ることのない鬼灯の寝顔にキュンとしながら、頬杖をついて眠る鬼灯につい顔が緩んだ。
同じように頬杖をついて、しばらく鬼灯の寝顔を眺めてみる。
休ませてあげよう...そう微笑みながら思っていると、ふと鬼灯の机の隅に置かれた煙管が目についた。
「あっ...さっきの煙管....」
触れてみたいという好奇心が湧いて、眠る鬼灯と煙管を交互に見て1人ドキドキとする。
....少しだけ借ります!
鬼灯の向こうに置いてある煙管にそろりと手を伸ばす。
子供の頃やった、怖い番犬の前の骨を音をたてないように取るあのゲームみたいかも...番犬ガ〇ガ〇?!
ん〜っあと...すこしっ!
「....よしっ!!」
なんとか煙管を掴んで、握りしめた手を戻そうと動かした
がその瞬間がしりと腕を掴まれた。
「ひゃっ!!」
「それ、私のです。それに体に悪いからダメだと言ったでしょう...?」
寝ぼけ眼の据わった目で鬼灯はそう言った。
「あっ...あははっ、煙管って大人な雰囲気でいいなぁって...ちょっと気になっちゃって」
笑って誤魔化してみたが握られた腕も至近距離で見つめる目も変わることはなく、変わりに僅かに鬼灯の口元が笑った。
「大人な雰囲気ならこんなものより、こうする方がいいですよ?」
鬼灯は握ったままの腕をぐいっと引っ張り、そのまま凛を腕の中に閉じ込めた。
そして鬼灯の胸に顔を埋めた凛の顎をくいっと持ち上げ、さっきより至近距離で見つめる。
「ほら、大人な雰囲気です。」
「あっ...あ..のっ....」
鬼灯に見つめられ言葉も出ない。
意味も無くどもった後はただ顔に熱が集中するばかりだ。
「時間も良い具合に深夜ですし...これより先のこと、大人の私が教えてあげますよ。」
妖しい色を宿した鬼灯の瞳と、低く呟かれた言葉についうっとりとしてしまったが、何とか我に帰り自由な片手で鬼灯の胸を押し無理矢理顔を背けた。
「鬼灯様...寝惚けてますか?いっ、嫌です。こんなその場の勢いだけで....」
本当は強引にキスされたかったかも...高鳴る鼓動から自分の本心に気づく。
「勢いじゃありません。」
「いや、勢いじゃないですか...」
「狸寝入りです。凛とこうしたくて、罠を張ったんですよ?煙管を餌に。」
「なっ..!きっ...汚い鬼灯様っ!!」
動揺する凛の様子に鬼灯はくすりと笑うと意図も簡単に言い返す。
「凛だって人のものを勝手に拝借しようとしたじゃないですか。それより、ちゃんと私の話聞いてましたか?」
「へっ..?狸寝入りって...」
「そうです。"凛とこうしたくて"狸寝入りしたんです。何故だと思います?」
「何故って....」
うそ....
本当にそうならどれだけ幸せだろう....
期待に心臓はうるさく騒いで喋れないでいると、鬼灯様がまた私の顎を持ち上げ正面を向かせる。
「好きだからに決まってるじゃないですか?」
あぁ、もう駄目だ....
その言葉に胸が息苦しい程心を掴まれてしまった。
「鈍い人ですね」
鬼灯はゆっくりと唇を重ね、なんども角度を変えては甘く吸い付いた。
「凛は私のこと、どう思ってるんですか?」
のぼせる頭に鬼灯様の声が響く。
「狡いですっ....こんなキスの後に聞くなんて...」
「そうですよ、大人は狡いんです。」
鬼灯は僅かに口元だけ笑って言った。
ずるい...
こんなに真っ赤な私に"好きです"って言わせる気ですか?
もしかして煙管を吸ってた所からもう計算ですか?
計算だと気づいても、こんなに好きだなんて...
完全に魅了済みじゃないですか?