蒼穹
□an inextricable maze
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「…っ」
フラッシュバックのせいで早朝会議よりも早く起床させられた総士だが、その後も変則的な痛みがついて回っていた。
波は多少あるが基本痛みがなくなる事はなく、何度か途中で意識を飛ばしそうになることもあった。
己の心とは食い違う身体と、そして最近現れる残像。
呑まれぬようにと、自身を叱咤しても、いつかは沈んでしまうような。
自分だけが辛いわけじゃない。自分より辛い人がいるのだから。
総士はちょうど逆通路側から歩く史彦の姿を見つけ、歯を食いしばった。
an inextricable maze
(やばい)
「最後に。先々日の検討事項については、改めて…」
『―――――――』
「では、この続きは事前周知通りに…」
『―――――――――』
史彦の台詞は、この会議を終わらせる言葉であり、総士が一番望んでいた言葉だった。
変則的なフラッシュバックは続いていたが、会議の後半あたりから痛みの波が無くなり、ひたすらに痛みを強くさせていた。
自分の担当部は終わっているので、そこだけが救いにも思えた。
それ以上に総士は、この痛みが続く事の、その先にある漠然とした何かに畏怖を覚えていた。
痛みを増してからは脳内のみに響く様々な声が強くなり、半分以上も聴き取ることは出来なかった。
端末に示された情報や、次々と追加されていく画面を見つつ、それでも半分以下しか理解できないでいる。
人前で薬を呑むことは避けているが、会議室から近くの休憩室に行く数分も今は怖いのだ。
(だめだ)
だが、そんな思いをくみ取ってくれることなどあり得ない。
総士の下腹部に走る痛み。
そして儚くとも強くほほ笑む、少女の最後の笑顔。心。
『――――――――――』
翔子の死の残像が、まるで、引き金のように。
途端に現実との境が急激に薄れていく感覚に襲われた。
彼女の受けた痛みがフラッシュバックし、引くことがなく頂点に達した瞬間に、痛みが死の感情―――パイロットの内面感情を、強制的に引きずりだしたのだ。
一気に流れ出す感情は幻覚と幻聴を加速させ、感情の整理は当然不可能な天才症候群のみが置いてきぼりになり、その感覚を最後に思考は停止させられた。
「総士くん!?」
史彦の声は人の姿もまばらの会議室に響いた。
その声に反応し、すぐに駆けつけたのは千鶴であり、手元でまとめていた書類は床に散らばった。
まるで過呼吸のように不測的な荒い呼吸を繰り返している総士の脈を計りながら、千鶴の表情は険しくなっていく。
あまりにも痛々しすぎる総士を支えながら、史彦もまた厳しい表情で総士の名を呼ぶ。このまま意識を別世界へと結ばせないように。
「ここでは応急処置と呼べるようなことも出来ないので」
少しでも早い方がいい、という千鶴の意図をくみ取り、史彦は総士の体を抱き上げた。
その様子を眺めることしか出来ない大人たちは、突然の出来事に驚くことしかできず。
また、もどかしさに歯がみし、立ち止まる。そんな大人たちを、行美が優しい声色で退室を促した。