蒼穹

□Maze without the end
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「総士!」

突然名前を呼ばれたため、総士は珍しくビクリと大げさな反応を見せた。
だがそれ以上に目の前にいる咲良が、目をパチクリ、同じく大げさに驚いていた。

「死角ならともかく、真っ直ぐな廊下で、ずっと前から手を振ってたんだけど」

「そう、だったかすまない」

「珍しいね。…大丈夫?疲れてんじゃない?もっと自分を大切にしなさいよ」


心配をしてくれる友人にお礼を告げて。
総士は、訓練についての咲良からの質問と意見に対し、丁寧に受け答えをした。


Maze without the end



違和感を抱いたまま最低限の仕事を処理すると、総士はベッドに倒れ込んだ。
スカーフやジャケットを脱ぐのも今はしんどい。
どれくらいそうしていたかは分からないが、来客を知らせる音が部屋に響く。
少ししても扉の前の気配は消えないが、直接な連絡が入らないところをみると、仕事関係ではないということ。
総士は仕方なく、目星の付いている彼を招くために体を起こした。


「咲良からお前の様子聞いて」

理由を聞くと、一騎はしばし躊躇った後にそう告げた。
それに対して総士はそうか、とだけを返した後は、口を閉じた。

「真正面からやってくる相手を気付かないなんて、どうかしたか?」

「まぁ、疲れているんだろう。横になれば回復する」

「そうか?もちろん考えに没頭して気付かない位、人間だからあり得るけど」

けど、に続く言葉を視線で総士が促すと、一騎は少しだけ眉をひそめた。
しかし視線を外さず、総士へと続く。

「今もだけど…数日前からずっとその状態じゃないか」

見ていないようで見られているということは、今に始まったことではない。
視線から逃れるよう、総士はスカーフに手をかけ、緩めるしぐさを見せつける。
今から休みたいので今すぐ出ていけ、という意思表示。

「お前のことだし、見て見ぬふりしてた方が良かったと思ったけど、今回は無理だ」

「なにが無理なんだ」

「今までの不調とは明らかに違うし、良くなる感じもないし。心配で…」


気付けば総士のジャケットの裾を、一騎は弱弱しく握っていた。


「不安、なんだよ」


一騎がそのまま俯き黙ってしまえば、部屋の中には人工音しか存在しなくなる。
少しだけ総士は目を閉じると、そのまま一騎の腕を取り上げ、己の額にそっと触れさせる。
ようやく熱が伝わったような感覚に、総士は長い息を吐き出しだ。


「すまない、一騎」


静かに伝えると、次は一騎が総士の掌を包み込む。
人間特有の優しい熱が、総士の心の奥を刺激し、痛みを和らげる。
心地よい一瞬。


「無理強いはしない。けど、何かあったら言ってほしい」

「わかった」


今日は本当にあのまま横になる予定でいたことを告げると、謝罪をした後で、一騎がやんわりと微笑んだ。

いまこの時点ですでに約束を破っているという自覚のもとその笑顔を見るのは、正直心が痛い。
後から怒られるかもしれないが、それでも構わなかった。
このまま何も知らせずに済むのであれば、それに越したことはない。
彼を心配させたくない、否。
否、自分が自分であるための我儘である。

熱が無くなった同時に、再び繰り返される幻聴に、総士は自分の顔を両手で覆った。






(そこは終わりの無い迷路のように)

20130120


沖方氏のキャラプロット案より、派生ネタA






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