蒼穹

□我儘は願いへと成りますか
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俺たちはファフナーに乗ることを辞めたのに、お前は続けるのか。


我儘は願いへと成りますか



そもそも分離型のジークフリード・システムの搭乗者は限られている。
それは痛いくらいに分かっている---現段階において彼だけだということ。
各パイロットの負担を軽減させるシステムだと理解していても、搭乗してほしくないと願う本音もある。
なんて身勝手な我儘だと自覚はあるが、ファフナーが傷つくたびに搭乗者も痛みを得る。痛みは彼の祝福だとしても、痛みは痛み。苦しくないわけはない。だからこその痛みだ。

島に再び戦火が降り注ぎ、初めて地下から戦闘を眺めた。
それは不思議な感覚だった。
すぐそこに敵がいるのに、自分はファフナーに乗っていない。近いのに遠い---まるで次元の異なる、ただの映像を見ているようだった。
しかしマークツェーンの腕が地面へと落ちた瞬間、半ば現実を理解をしていなかった脳みそがはっきりと覚醒する。

島での戦闘を液晶越しに見つめながら、一騎は己の左腕に爪を立てた。





「問題無い、と前回も言っただろう」

総士の小さなため息が語尾に付けられて、一騎は少し視線を落とした。
システムで繋がっている以上痛みも強く繋がり、身体を蝕む。
まだ自分が搭乗していた時にはそこまで気を回すことは出来なかったが、今は嫌でも生まれた余裕が総士のことを悟る。

「でも、心配はさせてくれ。せめて、今は…」
「一騎は、僕はもう降りた方が良いと思っているのか?」
「…っ」

決して視線を合わされないで放たれる言葉に頷こうとして、なぜか首が動かせなくなった。自分でも分からない感覚に一瞬の戸惑いが生じる。もうこれ以上痛みを背負ってしくないと願うのは、本心だ。
何も返さない一騎に何を思ったのかは不明だが、総士はそのまま言葉を進めた。

「一騎たちは今日の戦闘も見たんだろう。なら、気づいたな」

一瞬で悟り、頷いた。
今後第一線で戦うことになる後輩。ジークフリード・システムの継承者としても登録されている唯一の後輩のシルエット。

「総士は許可したんだよな」
「当然だ」
「なんで」
「何でって…それが良いと判断したからに過ぎない。初めての実戦で僕以上の立案を行ったんだ。もちろん改善点もあるが、うまく進めば彼が乗ることになる」

彼の行動から見えた自己犠牲なんてものは、もう要らない。誰も望んでいない。
そこに生存者の笑顔がないことは、何年も前---まだ未熟な時に強制的に理解させられた。
決して忘れられない、痛み

「フラッシュバックの問題が解決できるまで、引退はしたくないが………一騎?」

急に押し黙ってしまった一騎に、総士は視線を向けた。
先ほどよりも俯いてしまった彼の表情は、伸びた髪の毛で隠れ読み取れない。

「パイロットが、勝手に、動いていいのか?」
「…最悪、こちらで機体をロックする。それに言われた通りにしか動けないことも、今では考えようだ」
「俺たちはお前に従ったけど、言いなりになった覚えは無い。俺だけじゃない、剣司も遠見も、それが一番最適だって分かっていた」
「お前たちがメモリージングだけで戦わざるを得なかったせいもある。今はある程度過去データもあるし、実際に戦闘も見てきている。さらに言えば、僕以外に並行して情報を分析出来るタイプもいなかった」
「でも…」
「時は確実に流れ、変わっていく」

総士の言葉は穏やかだった。
しかしそれとは対照的に一騎は顔を上げることも出来ずに、見えないように奥歯を噛み締める。

「かずき」
「………」
「一騎、僕に降りてほしいんじゃなかったのか?」

びくりと顔を上げると、ようやく目があった。
声同様に穏やかな表情を浮かべる総士に、一騎は何も言えなくなる。
もう総士だけに痛みを背負ってほしくない。総士だけが痛むのなら、自分も痛みを背負いたい。片寄りのない天秤でありたい。でも。

「事実上、今あのシステムを使えるのは僕だけだが、それは問題も多い。万全じゃない時もあるだろうし、今の僕の存在上どうなるか分からない。いつまでここに居られるかも…」
「居なくなるって、そんなこと!」
「だが、実際僕は4年前居なくなった。あの時のことや、第二次蒼穹作戦時における機体の状態は確認している。ああなってからじゃ、遅いこともある」
「そんなの、嫌だ」

あれも嫌だ、これも嫌だと、まるで幼子のような我儘が口から流れる。
もう目の前の彼を失いたくない。
無意識の伸ばされた腕が、総士の頬に触れる。

「我儘だな」
「否定はしない。本当はもう総士に痛みを背負ってほしくないんだ、今までもずっと苦しんできたのに。…でももし本当に降りた時、お前が、またいなくなってしまいそうな気がして」

なぜそう思ったのかは、一騎にも分からない。
だが総士本人の口から降りた方が良いのか、と聞かれた時に、頭が、心が、嫌な回路を繋げた。

「我儘だよ。俺は我儘なんだ。だからもう乗ってほしくないし、でもやっぱり乗っていてほしいんだ」

自分しかできないことを、他人ができるようになる。それは良いことだ。だからそれが総士の無理を増進させる。
代替があるならばと、総士自身にしかできない別のことをやり進めるように思えてしまう。
今まで独りで様々なものを担っていた事実があるため、一騎は底知れない不安に、急激に襲われたのだ。

「僕は信用ないか?」

一騎は静かに首を振った。

「信じてる。けど、恐いものは、恐い」
「約束は違えない。だが一騎、ひとつだけ言わせて欲しい」

己の頬に添えられた手に、そっと己の手を重ねる。

「選択できる道があるということは、幸せなことだ」

強いられた運命であっても、乙姫は選び直させた。
一騎が新たな機体に搭乗し島に戻ったのも、己で再度選択したからだ。
だから、今がある。

「分かってる」
「いつかは結論を出さないといけないが、今はまだその選択の日じゃないってことだ」

総士は軽く笑ったが、おそらく大人たちは、一騎同様に総士にはこれ以上の負担を強いたくないと言うような気がした。
命を投げ出すのではない、己を殺すことにおいては、総士以上に自己犠牲心を持つものはいないだろう。
であれば一騎だけの我儘には納まらないはずだ。むしろそう願いたい。

一騎自身まだ混乱しているが少しずつ冷静さを取り戻し、どうにか葛藤を飲み込むことに成功する。
今消化できていないことを、無理矢理に消そうとすれば反動を起こす。だから今は---。
数回深呼吸をし落ちついたところで、また総士が口を開いた。

「これから忙しくなる」
「だな。いつでも出前持って行くから、言えよ」
「…どうせ言わなくても、勝手に来るだろ」
「言わない総士が悪い」
「信用ないな」
「これに関しては信用していない。あ、もう時間だな」
「………」

戦闘が終了し、初陣を戦い抜いた新パイロットの検査には、通常より倍以上の検査を行うことになっている。そのため総士の検査については剣司によって時間が指定されていたのだ。
部屋を出ようとして、動きの無い様子の総士に一騎は振り返った。

「総士?」
「お前、言うようになったな」
「まぁな」

呆れを含んだ総士の言葉に、一騎は笑ってみせた。




 完 

201502

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