□溺れる腕
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最近夢見が悪い。

そのせいか、全然寝付けなくなってしまっている。
真夜中に、今住んでいる場所を抜ければ、微かに寒い空気が身を震わせた。
上を見上げると、数え切れない星の数。
すべてを忘れさせてくれるような空に圧倒されながら、歩き出した。



溺れる腕




どこに行くかは決めていない。
戻る時間も決めていないが、後々の面倒事を考えると、朝方まで。
最低でも、朝日が昇るくらいまでには帰ろうと。
カイはなんとなく定めてみた。
別に、幾分か早く起きたから朝のロードワークを増やしただけ。
などと理由をつければ、後から心配されても、逆に怒られることもないだろう。


ふらふらと街を歩く。
変な裏通りにはもちろん入らない。
マフィアや不良が怖いわけではない。
銃も持っているし、何より翼手との戦いを続けている毎日だ。
あれほど怖いものはない、と断言できる生物との戦い。
変なごろつきには負けはしない、と自負している。




少ない街灯に照らされた小さな公園に辿り着いたのは偶然だった。
見渡し、視界にはブランコや滑り台など、懐かしいものがある。
何とはなしに。
ベンチに座ることが躊躇われ、2つしかないブランコに座った。
この年齢になってこれに乗るとは思っていなかったが。


軽く動かして、その足元を見つめた。
何を考える訳でもなく、流れる時間に身をおいた。


 *


ふと、誰かの気配を感じて、カイはほんの少しだけ視線を動かした。
こちらに確実に近づき、それでもカイは動かずにその人物を待った。
砂を踏む音が目の前で止まり、見慣れた靴がカイの目に入る。


「こんな時間に、何をしている」


静かな中にも少し怒気が含まれているようにも感じた彼の口調。
カイは顔を上げ、名を呼んだ。


「なんだ、デヴィッドかよ」


一瞬だけ瞳を合わせて、カイはすぐにまた顔を伏せた。
顔を合わせたくないとか、抜け出した罪悪感などではなく、ただ。
ただ、そこには意味はなかった。
自然な動作、というものだ。


「質問に答えろ、カイ」

「いいだろ、別に」

「良くはない。何かあったらどうするつもりだ」

「さぁ、な。大丈夫だよ、きっと」

「カイ」

「何だよ。何やるのにでもいちいちアンタの許可が必要なのかよ」

「………」


するとデヴィッドは何も言わず、カイの腕を掴んだ。
カイが慌てたように制止の声を上げたが、キレイに無視された。
デヴィッドの何も語らない背中が。否。
何も読み取ることの出来ないデヴィッドの背中が。
カイの心の奥に苦しい、嫌な音を立てた。
掴まれた腕の痛み。
痛みから、彼の怒りや苛立ちだけを感じられる。
背中よりも、腕が、彼の内を語っているようだと。
カイは唇を噛み、何も言わずデヴィッドに従うように歩いた。



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