□最終日に思い出を
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「夏休みも終わりかぁ…」

誠志郎の言葉に、柊一は読んでいた雑誌から顔をあげた。
だが特に興味もないのか。
何も言わず再び視線を戻そうとして…失敗した。


「何か反応しろよ」

「何をだよ」

「飛鳥井も学生だろ。淋しいとか思わないのか」

「別に」

「また堅苦しい制服着て残暑に耐えなきゃいけないなんて辛いだろ」

「僕は夏休みも学校だったからな。今更だ」

「補習か!?」

「夏期講習だ!…まぁ、補習もあったけど」


御霊部の仕事で休みがちの柊一は病弱を偽って学生生活を過ごす。
だが、どんな品行方正の生徒であっても出席日数は見逃せられない。
必然と補習の話は出てくるものだ。


「まぁ、教師らも甘いし楽だけどな」

「真面目で礼儀正しいし素直なのに、病気で学校来れないなんてあぁ可哀相!みたいな」

「正解。ただ」


柊一は正解、と笑ったがすぐに表情を苦笑いへと移行させた。
それを見逃すはずもなく、誠志郎は小首を傾げた。


「ただ?」

「今年の夏も、学生らしいことしてないなぁ、ってさ」


柊一はよく言う。
自分の境遇を恨むようなことはしない、と。
御霊部を優先させることは当然だと考えているのだ。
そういう家柄に生まれ、特殊な力で皆を守れる誇らしい仕事と柊一は思っている。

勿論、学生生活の思い出に憧れが無いわけではない。
勿論、御霊部の仕事が嫌な訳でもない。


「飛鳥井…お前相変わらずだな」

「まぁ、昔からだし。もう慣れたよ」


柊一が何歳から御霊部に入ったのかは知らないが、自分より若いくせにキャリアは長い。
少なくとも、初めて出会った中学時代の彼は、すんなりと自分たちの目の前で化け物を追い払った。

再び雑誌に戻った柊一。
誠志郎はそんな彼を無言で見つめ…思い立ったように柊一と向かい合った。


「飛鳥井、今から花火しよう!」

「は?」

「学生らしい思い出、今からでも作れる」

「でも花火って…」

「意外に高校生がやってることなんて小学生と同じもんだよ。むしろ、大人になってやるから楽しいこともある」


な?と誠志郎は微笑んだ。
まるで子供のような---童顔であることは置いといて---表情に、柊一は目をパチクリさせた。
しかし直ぐに表情を和らげると、目の前の彼の鼻を思い切り摘む。


「痛い、んですけど、飛鳥井君」


しかし、鼻は解放されない。


「…行く」

「ふぇ?」

「でも、お前の奢りだからな、花火代」

「はぁ?普通は割りか…痛っ」

「大人のお前が払え、だから買って来い、マッハで買ってこい」


可愛くないな。
そう思いながら、誠志郎は頷く。
可愛い。
そう思いながら、頬を歪める。


微かに柊一の頬が、赤い。
どうやら鼻を摘んだのは、彼なりの照れ隠しだろう。
相変わらず、こういった行動は幼稚である。


「じゃ買ってくる。買ってきたもんに文句は言うなよ」

「了解」

「行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」


棒読みの返事に満足しながら、誠志郎は家を出る。

鼻の頭は、未だに赤いまま。


そして。
夏休みの思い出が、今から作られる。






8万hit記念フリー小説。






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