□憧れたロマンティックなんて、なくて良い
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「冬の寒さに、教会アドベントに加えてクリスマスケーキ」

「至れり尽くせり、というのかな?」

そう言って、粉雪の舞う寒空を見上げた。




「クリスマスも、早いものだな」

「そうだね」


クリスマスなんてもの、この国にいれば忘れることはない。
というより、この日の為の準備は1ヶ月も前から始まり、色に染まる。
軍の施設内部はそれに染められないとはいえ、雰囲気が多少異なるのを感じる。
恐らく、軍の食堂ではクリスマスケーキが並んでいる可能性も高いだろう。


「何か面白いのか?」

「いや…、くだらないことさ」

「またそれか」


彼は面白くなさそうに首を竦めた。
買ったばかりの箱を手にし、半歩だけ前を歩いている。


「機嫌を悪くしないでくれ」

「していないよ、技術顧問殿」


少し不機嫌のようだ。
今度はこちらが軽く肩を竦めてみせた。

そんな小さなことで機嫌を損ねるような相手ではないことは知っている。
彼は大人だ、きっと自分以上に大人である。
嫉妬さえも、体面を保つために己を制御するのが彼だ。
考え方は、恐らく---色々な意味、様々な良い意味と悪い意味の両極から見て寛大である。

周囲から彼を見れば、逆に見られるだろう。
が、それはあくまでの仕事上であり、プライベートは違う。
仕事とイコールで生きていける存在も、そう多くはないだろうが。


「もっと早くに仕事を切り上げ、君を誘えばよかったのかな?」

「…なんだ?」

「クリスマスだから、夜景の綺麗なレストラン、ムードのある洒落たバーでクリスマスを祝って。甘い言葉を囁きあいながらシャンパンを片手に…」

「最後はほろ酔いで、最高の快楽に溺れるためのベッドイン、か?」

「それは…流れでどう転ぶか分からないなぁ」


お望みとあらば、とすくった髪の先にキスを落とせば。
彼は少しだけこちらを見て、手を払った。


「言っておくが…むしろ、知っていると思うが言っておくぞ。私は男だ」

「嫌というほど知ってるよ」

「そんなベターなデートコースは、女とでも行ってくれ。ごめんだ」


本気では責めていない口調に、微笑む。
冗談だと、ちゃんと理解してくれたようだ。


「さっきも言っただろう。お前と食べるなら安いケーキも美味しい。だから、」


---お前がいてくれるだけで、クリスマスという行事は楽しくなるのさ。


耳元で甘く囁かれ、道の真ん中で彼を抱きしめたい衝動に駆られる。
その衝動は、彼が胸元を押し返してできた距離で、どうにか収拾がつく。


「クリスマスは、年の行事というものは、」

「僕らにとってのただの口実、ということか」


風のない夜空に舞う粉雪が、街中を染める。

今日が終わるまで、数時間。




憧れたロマンティックなんて、なくて良い
(君がいればそれで良い。それを幸せというのだから!)






























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