Novel
□指先の運命
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その恋は、一目惚れから始まった。
僅かに灰色がかった黒髪が、くすんだ俺の服のボタンに引っかかり、彼女は痛そうに表情を歪ませながらこちらを振り向いた。
瞬間、息がグッと詰まり、呼吸の仕方を忘れた。
煩いくらいの心音は、それを恋と呼ぶには十分だった。
恋のベルは彼女の放った言葉すら消し去り、気づけば静かすぎる公園に一人佇んでいた。
彼女が俺の目の前に再び姿を現したのは、思考が溶けそうなほど蒸し暑い夕暮れだった。
女性にしてはやや低い掠れた声が言葉を象った。
「私、メイド派遣協会から参りました、尚と申します」
どこか冷えた表情で、彼女は僅かに口角を上げてみせた。
まるでモデルのようなスタイルの良さと、人形のような出来上がった容姿に目のやり場に困ってしまい、思わず下を向いてしまった。
彼女は、俺が数日前に予約をしたメイドだった。
パソコンの画面越しに見た彼女も、今日のように冷えた表情をしていたのを覚えている。
何人もいる女の子の中から彼女を選んだのは、きっと、指先が運命を感じていたからだ。
元々人見知りな俺は、彼女の顔をまともに見ることさえ出来ずに、『ど、どうぞ入って下さい』と彼女を家の中に招き入れた。
彼女は不思議そうに俺の顔をジッと見ると、ふわりと笑って見せた。
今までの冷えた表情からは想像もできない程、ゆったりとした雰囲気と、その表情に俺は同じ女性に二度も恋に落ちてしまった。