Novel
□指先の運命
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「ご主人様?どうかなさいましたか?」
ボーっとしている目の前の男に声をかけると動揺した声が返ってきた。
「え、あ、何でもないです」
首をブンブンと横に振り、慌てた様に自室の扉を開けようとしている。
落ち着きなく動く目の前の青年は、到底こんなサービスを利用するとも思えない風貌だった。
真っ黒な短い髪に、少し垂れた目が大型犬を連想させる。
「有難う御座います。失礼致します」
狭い室内に足を踏み入れると、必要最低限の物しか置かれておらず、何故だかとても淋しい印象を持った。
キョロキョロと困った顔で辺りを見渡すと、彼は僅かに硬さのある座布団を床に敷くと『ご、ごめんね。痛いかもしれないけど…』と言い、自分に座るよう促した。
男は困ったような嬉しそうな表情で話しかけてきた。
「あ、あのっ、なんて呼べば…?」
「お好きなように呼んで頂いて結構です」
その問い掛けにマニュアル通りの言葉を返す。
まともに顔も見ずに話す態度に少し苛立った。
「あ、じゃあ、えっと、尚でいいですか?俺のことは孝介で…」
「いいえ、私どもはご主人様と呼ぶように規定されていますから」
自分の方が優位な立場にいるにも関わらず、敬語で話す姿に少し笑みが漏れた。
それと同時に、支配欲を駆り立てられるな、とも思った。
作り上げられた『尚』という女の姿で、目の前の男の品定めを開始する。
いつ喰ってやろうか、と。