Novel

□君に届け
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俺には、十歳年の離れた兄がいた。
兄はドラッグに手を出し、俺に殴る蹴るといった暴行を加えてきた。
小学生の時の俺の体は見るも無惨な状態だった。

だが、俺が中学に入った頃兄は事故で亡くなった。
あぁ、これで自由なんだ、と思ったのも束の間、今度は学校で苛めのターゲットにされた。
教師は、苛めの実態を知っていながら、制止の声を上げることは、一度としてなかった。

親は親で大切な息子が死んだ事実を受け入れられずに狂っていくばかり。
その憤りの矛先は言うまでもなく俺に向く。
俺には、『友成』という名があるにも関わらず、一度として呼ばれた覚えがない。

誰にも助けなんて求められるはずもなかった。
人なんて信じるもんか、と何度も自分に言い聞かせた。
それでも、やっぱりどこかで信じたい自分がいて、だから恋心など抱くのだろう。

親元を離れて見知らぬ町の高校に通い始めて一ヶ月。
やっぱり俺はどこに行っても受け入れてなど貰えないようで、毎日のように執拗に続く苛めに溜息を吐く。
俺が苛められる原因は、容易に予想がついた。
デカイ図体の割りに、気が弱くてすぐにどもってしまうからだろう。

そんな俺を救った歌があった。
それは有名な歌手の歌などではなく、音楽室から聞こえてくる酷く澄んだ歌声だった。
俺なんかとは比べ物にもならないくらい綺麗な声から発せられる音全てに聞き惚れてしまう。

いつも、音楽室の横の階段で盗み聞きしている。
けれど、どんな人が歌っているのかは知らない。

一旦意識してしまうと、どんな人なのか気になってしまい、好奇心から音楽室の僅かな隙間から中を覗く。
室内にはピアノの鍵盤を弾くように指先を遊ばせている男性が立っていた。

指先の軽さとは裏腹に、彼の顔は悲愴に満ちているようだった。
衝動に駆り立てられる様に、勢いよく音楽室に飛び込んだ。
慰めなんて大層なことは言えないが、今にも泣きだしてしまいそうな彼に何か言葉を掛けなければ、と体が勝手に動いていた。

「あ、あの…っ…」
「…何ですか?」
「あ、貴方の声が…す、好きです…!」

勢いで口走ってしまったことを今更になって後悔する。
俺みたいな奴に言われても迷惑なだけなのに、と。

「…はぁ、あんたもか」
「…え?」
「迷惑なんだよ、そういうの」

余りの衝撃に泣きそうになる。
いつも、響いている声とは程遠い。
冷たすぎる視線と声に、逃げるみたいにその場を後にした。





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