Novel

□君に届け
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あの人を思って歌う声は、日ごと辛辣さを増していく。
彼女は皆の人気者で、俺のクラスの担任。
この歌は、一生伝わることはない。

あの人は俺の声が好きなだけ。
この思いが自分に向いているだなんて思ってもいないのだろう。
だから、あんなに無邪気な顔で笑うんだ。

「私、姫島君の声が凄く好きだわ」

その言葉にグッと息が詰まる。
俺を好きと言っているわけじゃない。
ただ、声が好きなだけなんだ。

溜息が漏れる。
その上涙まで込み上げてくるもんだから、酷く自己嫌悪に陥る。

無機質な戸が大きな音を立て、無遠慮に開かれた。
もしかしたら彼女かもしれないと、咄嗟に振り替えるが、期待していた人物とは懸離れた人物が立っていた。

「あ、あの…っ…」
「…何ですか?」
「あ、貴方の声が…す、好きです…!」

途方もない苛立ちが湧き上がってくるのを感じた。
こいつも俺の声が好きだなんて言うのか、と。

いつもなら不快感を与えないように、もっと上手く対応する。
だけど、おどおどした目の前の男を見ていたら酷く冷めた声が出た。

「…はぁ、あんたもか」
「…え?」
「迷惑なんだよ、そういうの」

瞬間男は顔を歪めて走り去って行った。
八つ当たりのような自分の行為に、不意に罪悪感が込み上げた。

男の泣きそうな顔が頭に浮かんで、さっきの言葉に後悔する。
折角好きだと言ってくれたのに。

俺は好意を抱いてくれた奴に、自分が先生に好きになって貰えないことへの苛立ちをただぶつけてしまった。
なんて最低なんだ、と更に自己嫌悪に陥った。





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