Novel

□掌
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いつも手を繋ごうとすると少し困った顔をされる。
有糸の性格を考えればそれは拒否している訳ではないと分かっているのに、やはりどこか切ないものがある。

すぐに拗ねるのは昔からで、今も抱き枕に顔を埋めて不細工になった顔を隠している。
有糸はそんな俺を後ろから抱き締めて何度も「ごめんね」と謝ってきている。
俺が勝手に拗ねているだけだから、有糸が謝ることなんかないのに。

「菫ちゃん、ちゅーしたい」

魅惑的な言葉に顔を上げそうになる。
でも、何だか今日は顔を上げて有糸の顔を見るのが怖い、と思ってしまった。

「菫ちゃん、ね、顔みたい」

酷く甘い声。
悪酔いしそうなくらいの声質に、鼓動が早まる。
有糸の声が大好きだから、耳元でそんな甘い声を出されると、逆らえなくなる。

ゆっくりと顔を上げて後ろを振り向くと、有糸がいつもの困った顔ではなく、穏やかな空気を纏ってふわりと笑って見せた。

抱き枕を手放して、体の向きを変えて有糸に抱き付く。
首筋に顔を埋めると、有糸の手が頭に伸びて、短い髪を幾度となく梳いた。

「ちゅーしてくんねぇの?」

首筋に埋めていた顔を離し、問いかけると更に笑みを深くして頬に心地いい熱を感じた。
頬に噛み付いたり舐めたりと、好きなようにしていた有糸の視線が俺の唇に向く。
暫らく唇を見詰めていた有糸の顔が近くなり、ゆっくりと唇が重なった。
触れるだけのキスは、それだけで俺の鼓動を早めた。
離れて行く際に、小さな声で、『大好き』と聞こえた。

「もっと、ちゅーしたい」

有糸のこととなると際限なく欲しがりになる。
与えられる温もりが、途方もなく愛おしい。





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