Novel

□片言
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重い扉を押しながら「お疲れ様でした」と何人かに挨拶を交わし、社を後にした。
十九時に仕事を上った為、外は真っ暗だ。
少し離れた処に設置してある従業員用の駐車場に向かって歩き出す。
強く吹く風に身を切る思いだった。

小走りで駐車場に停めてあるマークXに乗り込む。
時間一杯まで働いてやっと中古で買った愛車だ。
車内に内蔵してある音楽機器から流れる洋楽を口遊みながら家路を急ぐ。

車にお金を注ぎ込みすぎたのか、住まいはボロボロのアパートだ。
暗い室内の電気を付けると勤務表に目を通した。
珍しく連休が見られたので田舎にでも帰ろうか、とベッドに潜り込んだ。

今日は愛車ではなく電車での移動だ。
湯煎駅から乗り継ぎを繰り返して、着いたのは来鋒町。
山ばかりで何もない、田舎だ。
電車を下りると周りは緑しかなく、寂しささえ感じる程静かだ。

「やーちゃん!」

声がした方を振り向くと、見慣れない男が立っていた。
到底お洒落とは言えない格好で、片手には大根を持って。

「覚えとらん?心平なんやけど…」

確か、小中高と一緒だった。
友達が少なくてやたらと俺に引っ付いていた地味な奴だ。
名前を言われなければ覚えていない程、存在感の薄い奴。

「…よぉ、何してんの?」
「あ、大根取りよったんよ」
「へぇ、ってか、よく俺だって分かったね」
「やーちゃん、顔変わっとらんけん。直ぐ、分かった」

男は冬だというのに短い髪の毛から除く額に薄っすらと汗を浮かべて、はにかんだ様に笑って見せた。
その顔が、妙に苛ついた。





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