Novel

□Just A Kiss
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急行列車に揺られること約一時間。
睡魔に襲われている俺の隣で、心平はキョロキョロと辺りを見渡している。
そのテンションに付き合ってやる気力もなく、目を閉じた。

駅を降りると、来鋒町とは掛け離れた街並みが姿を現した。
こちらでの生活に慣れてしまっているので、俺は慣れた足取りでアパートへと歩き出した。

その後ろをオドオドと着いて来る心平は、幾人かに声を掛けられては広告を手渡されている。
余りにも切がないので、心平の横に並ぶと、ありとあらゆるキャッチを断絶した。

「お兄さん!ね、ホストとか興味ない?」

俺はといえば、先程から執拗なまでにホストの勧誘を受けている。
心平を挟んで声を掛け続けてくる男を已然として無視しているのだが、流石に我慢の限界だ。
俺はこっそりと心平に耳打ちすると、無視する様に諭した。

「俺、断るん苦手やけん」
「いいから、俺の言うこと聞けって」
「え、でも…」

オドオドと狼狽えている心平の手を強く引いた。
どこまで警戒心がないのだ、と溜息が出た。

俺が当たり前の様に暮らしていた街が、心平を傷付ける前に一刻でも早く家に着けばいい、と願った。
些細な事で罪悪感を抱えてしまう程、優しい奴だから。

どさくさに紛れて繋いだ手が暖かい。
心平の手は僅かに汗ばんでいた。
恋は盲目とはよく言ったもので、以前なら嫌悪感を抱いていたであろう事が、今はそれすら可愛いと思ってしまう。
歩くスピードを上げると、「やーちゃん、早い」と小走りで着いてくる。
その姿なんて、ここが公共の場じゃなければ抱き付きたい程だ。





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