Novel

□歌うたい
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ボロボロのアパートに一人暮らしを始めて半年が経った。
壁も薄いし小汚い住まいだが、家賃が安く管理人さんの人柄もいい為凄く助かっている。
人と関わることの苦手な俺は、ホテルの清掃のアルバイトをいくつも掛け持ちし、やっと今の生活を維持している。

たった半年の間に俺の生活は激変した。
一番の変化は好きな人が出来たってことだ。
あれ程行くのが嫌だった学校も今では楽しくて仕方ない。

隣の部屋には強持ての不良っぽい格好の人と、おっとりとした男の人が二人暮らししている。
俺と同じ学校の制服を着てはいるが、面識はない。
ネクタイの色が違うから、恐らく二年生だろう。
俺一人だって狭いと感じる部屋で二人で生活しているなんて凄いな、と感心してしまう。

映りの悪い小さなテレビには音楽番組が映し出され、細身の女性が落ち着いた曲調で歌いだす。
ゆっくりと流れるソプラノに眠りを誘われたが、携帯のバイブ音がそれを妨げた。

「もしもし?」
「…は、はい」
「もしかして寝てた?」
「あ…え、えっと。…お、起きてました…」
「そ?何か鼻声だからさ」

気のせいだろう、と声を出そうとするが、やけに掠れた声が出た。

「風邪とか?」
「ち、違うと思います」
「んー、まぁ、無理しないようにね」

姫島さんの声は、どこか中性的で凄く魅力的だと思う。
電話越しの声だけでこんなにもドキドキしてしまう。
電車の発車を知らせるアナウンスが遠くから聞こえる。
姫島さんは「あ、やば…もう、切るね」と焦った様な声を発したかと思うと次の瞬間には電話は切れていた。
きっと、今頃ホームに向かって走っているのだろう。
あの人はしっかり者に見えて意外と抜けているところがあるから。





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