Dream・ファントムPain2

□ファントムPain 恋歌
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コポコポコポコポ

耳の中で聴こえる音と同時に冷たい海水とどうしようも無い倦怠感に襲われた。

視界の隅に、キラーの派手なシャツが流れていった。





ヒュッ………

「………!っゴホゴホッ!」

息苦しさから突然解放されてサラはむせ返った。

涙で滲む景色の中に、恋い焦がれた赤が霞んでサラは必死にそれにしがみついた。

息が整うまでしがみついたその温もりは彼女の肩や背を撫でさすった。

「……ゆっくだ、ゆっくり息をしろ。」





顔を上げたサラが肩で息をしながら目の前の男を見上げれば。

声も、何もかも、自分が求めていた物では無い事に気付いた。


「っ!?」

サラはその男を瞬時に突飛ばし距離を取った。

「あ、…貴方、だ、れ……?」

尻餅をついた男は胡座をかいて何の屈託も無く笑った。

「アッハッハ!そりゃいい質問だ。俺もそれが聞きたかった!」

にっかり笑った男を、サラはただ見つめた。






「それじゃ、ここは貴方の…赤髪さんの船なんですか。」

一通り今までの経緯を黙って聞いていたサラの問いに男…《赤髪のシャンクス》は大きく頷いた。

「おう!しっかしアンタが海王類に連れられて来た時には偉ぇー驚いたぞ?」

「海王類、って…あのクラゲのオバケみたいな?」

「そうそう、そのクラゲのオバケみたいなのだ。」

サラの例えが可笑しかったのかシャンクスはくつりと笑いながら答えた。

「……それにしても、アンタどこの娘さんだ?」

「……えと、」

これは正直に答えて良いのだろうか?自分があの《キッド海賊団》と知られても良いのだろうか?

答えに困っていると、シャンクスは安心させるようにサラの頭を撫でてやる。

「安心しろ、アンタはもう安全だ。俺達も海賊だが、女子供に非道な事をする輩とは違う。」

「……『非道』…?」

そしてさも当然とばかりにシャンクスは続けた。

「彼奴らさ。《キッド海賊団》、だろ?噂は聴いてる。ルーキーの中じゃ一番やんちゃな奴等だ、アンタ、偉い別嬪だし何処かから拐〈かどわ〉かされたんだろう。心配するな。今すぐ、って訳にはいかないが、必ず故郷に送ってやる。」


あんまりな言われようのキッドだが、あながち間違ってはいない。

「わ、私っ、そんなじゃありませんっ!キッドさんはそんな事っっ」

それでも慌てて否定した。だって彼女の知るキッドは傍若無人でも、ただの乱暴者でも無い。

「……………アンタ、まさかキッド海賊団の一員、なのか?」

あんぐり口を空けるシャンクスの隣で、腕組みをしていた男が初めて口を開いた。






「悪いが、扉の鍵は掛けさせて貰うぞ。」

長髪の男《ベン・ベックマン》は船室の一つにサラを通した。

その部屋には簡素ながらベッドと、小さな洗面所、それから書棚があった。

来客用の部屋だろうか。
てっきり船底の船牢か、物置に閉じ込められると思っていたサラは面食らった。

「…ここに?」

「不満か?」

「いえ!そういうわけじゃ……でも、こんな良いお部屋、良いんですか?」

「…部屋の中では自由にしてくれて構わない…、が。さっきも言ったが、施錠はさせて貰うぞ。」

そんなベンにシャンクスが苦笑いを浮かべた。

「おい、おい、ベンよ。こんなお嬢ちゃんに何が出来るんだ?鍵なんて必用ないだろ?」

「アンタがどう言おうと鍵はさせて貰う。今は少しの不安要素も取り除いておきたい。………言ってる意味は分かるな?」

最後はサラに向けられた言葉だ。それにサラは小さく頷いた。

閉められた扉の向こうでシャンクスがまだ何やらブー垂れているようだが、足音は遠退きやがて部屋には静寂が訪れた。

自分の能力が有れば多分鍵は無意味だが、能力の事は黙っておいた。

それはこの先、自分やこの船がどうなるか分からないからだ。






「ま、キッド海賊団の一員なら一員で船に帰らせてやりたい所だが、生憎後戻りしてる暇が今は無いんだ。」

キッド海賊団に帰して貰える、そう聞いてサラの表情は一瞬明るくなったが続く言葉に小さく肩を落とした。

「俺達は、《ある男》を助けに行くんだ。……正直、どんな局面を迎えるかは俺にも予想出来ない。」

そう話すシャンクスは酷く真剣な目をしていた。

……でも、それが終わったら必ず帰してくれるって………そう約束してくれた。


会ったばかりでどうしてかは分からなかったが、シャンクスの言葉を疑う気持ちはちっとも浮かんでこなかった。
それに今は、どんな不確かな物でも信じるしか無かった。


小さなベッドの上で、何時まで経っても訪れぬ眠りに見切りをつけてサラは小さく口ずさむ。

誰にも届かぬその歌は、愛しい男を求めていた。

そして再び眠れぬ夜が、二人に訪れたのを報せた。
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