Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 再会
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ちょい、ちょい、と手招きするとサラは小走りに寄ってきた。
ん、
と盃を向けるとそこに無色透明の液体を並々と注いでくれた。
仄かにその頬が赤いのは酌をして回るうちに呑まされたからだろう。
ニコニコと機嫌の良さそうな顔でシャンクスと向かい合う。
「故郷の島を見に行くって?」
まるで『観光にでも行くのか?』そんな軽い、気負いの無い台詞にサラは小さく頷いた。
「行っても、何も無いかもしれんぞ。何も思い出せないかも知れん。その上ただ、悲しくなるだけ、かも。」
「…それでも、行ってみます。結局何も思い出せなかったとしても、見ておきたいんです。そこが私の故郷なら。そこには、私の思い出せない何かがおいてけぼりだから……だから、迎えに行くんです。」
ただ真っ直ぐにそう答えたサラの瞳はどこまでも澄んでいた。
在るものを在るがままに受け入れる覚悟がそこに静かに映っていた。
「…そうか」
柔く微笑んだシャンクスは、たった一言そう返した。
そこかしこから聞こえる互いのクルーの笑い声、頬を照らす爆〈は〉ぜる炎の熱気、酔った時の心地よい浮遊感、波の音。世界から隔絶された島で、キッドは初めての感覚を味わっていた。
元々、自分達は海賊で、それは一匹狼の寄せ集めの様な物だ。
最悪の世代と呼ばれ、その中でも一番に賞金が賭けられ、極悪非道と謳われたキッド海賊団。
味方は居らず、友も居ない。
己の才覚のみでのし上がる。
シンプルなその世界は自分にとっては何よりも分かりやすく、やり易い。
なのに何故だろうか?
この胸に浮かんでくる気持ちは。
他の奴等と馴れ合うなど、考えてもいなかった。
なのに、自分のクルーが楽しげにしているのを。
他の船の奴等と笑い合い、酒を酌み交わすのを。
何よりも、自分の横で嬉しそうに声を紡ぐ柔かな隣の存在を。
こうして見ているのも悪くない、そんな気持ち。
「おいおい、何だよ。朝まで居りゃ良いじゃねぇか。なぁ、サラ? 」
と、シャンクスが言いながらサラをかいぐるのをキッドが青筋を立てながら奪取する。
……前言撤回!やっぱりオレには向いてねぇ!
さっきまでの心持ちを心の中で思いきり否定しながらキッドは舌打ちをする。
最初は『悪くない』、そんな気持ちだったがそれも目の前の男がサラを名前で呼び始めた時に霧散した。
「ふざけんな、もぅ充分付き合っただろが!」
悪態をつくキッドも何のその、シャンクスを筆頭に周りの者もぶぅたれ始める。
「そうだ、そうだ!酒はまだまだあんだぞぉう!サラちゃんだけでも置いてけやぁ!」
…ぐ、コイツらっ!
頭〈カシラ〉が頭なら、下も下だぜ!何が『サラちゃん』だ!
無言でサラの手を引くキッドに慌てながらサラがシャンクス達に頭を下げる。
「あのっ!シャンクスさん、ありがとぅ!」
「おう!気にすんな〜!また会おうぜ!今度はソイツ抜きでなぁ〜〜」
遠ざかるシャンクスに振り返りもせずにキッドが吠えた。
「『また』、なんか無ぇわ!クソじじぃ!」
今度こそ、焚き火の炎の向こうに消えたキッド達にシャンクスは苦笑いを浮かべた。
行けるとこまで行けば良い。
やりたいように、やれば良い。
自分がそうして来たように。
何処までも、自由に。
「…じゃぁな、クソ餓鬼。」
夜も更けて、そのまま島に停泊させるつもりだったシャンクスからサラを引き離し、さっさと出港したキッドの船は漆黒の海をハイスピードで走り続けている。
「…あっ!」
船が走り出した途端、部屋に引っ張り込まれたサラは扉に押し付けられるようにしてキッドのいきなりの深い口付けを必死で受け止める。
「ん、んっ」
腰をがっちりホールドされて、ぐっ、と抱き寄せられてサラの口から苦しげに吐息が漏れた。
「…っハァ、苦しっ…」
キッドがその厚い体で彼女に更にキツい拘束を課した。
苦しいのに、擦れる胸板に身体の熱が上がる。
「あ…キッドさ」
最後まで呼ばせては貰えなかった。
晒された首筋にキッドが噛みついた。「やっ!」と声を上げたと同時に耳に小さく皮膚が破れる音がした。
キッドの分厚い舌が、すぐにそこをザラリと舐めるとピリピリと傷む。
生理的な涙を滲ませたサラがキッドを恨ましげに睨もうとして息を呑んだ。
「……オレの言うことを聞かなかった罰だ。」
紅く濡れた唇に舌舐めずりをするキッドがニヤリと笑う。
細めた瞳の奥に、獰猛な火が灯っていた。