Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 出立
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『強くなりてぇか?』
血濡れの自分を見下ろす男は同じ様に赤を纏っている。
だが自分とは違う。
何もかもが違うその男の言葉がシロを苛つかせる。
「今なら聞こえてんだろ?ガキ。」
そこここに散らばる死体が目に入っていないとでもいうのか、それともそれでも尚自分をガキと嘲笑うのか。
「……、っ……!」
「あ?」
「ふざけんな!!周りを見ろ!!俺が殺った!!アンタ等の力なんか借りなくてもっ、俺は!一人でっ!!…『強くなりてぇか?』だと!?俺が本気になりゃアンタだって殺れんだ!」
ぎりりと生気の戻った瞳でシロは男を睨み上げた。
「………くっ、くはっ、……アハハハハ!!」
男の口角がくっ、と上がったかと思うと今度は腹を抱える勢いで笑いだす。
血生臭い身体は鉛の様に重かったがシロは男に掴みかかった。
「てめぇ、殺すぞ!」
「お前にゃ、無理だ。」
ピタリと笑いを収めた男の拳がシロの歪んだ表情に炸裂した。大きな音を発てて瓦礫の散乱した床に打ち付けられる。
「てめぇは、ただのガキだ。それも我が儘が通らねぇで八つ当たりする、弱虫のな。」
「ぐぅ、っう。」
返り血に塗れたシロの身体は今度は土埃に覆われた。
グワングワンと脳みそが揺れて手足に力が入らないが、それでもシロは目線だけは反らすまいと男を見据え続けた。
「本当に強い奴は、こんな風に我を忘れたりしねぇんだ。テメェが、溺れちゃ誰も救われねぇからな。」
目の前の男はただ1度シロに拳を振り上げただけだ。
だがその強烈な一発がシロの何もかもを打ち砕いた。
姉を救えなかったシロを。
復讐することで報われるんだと思い込んだシロを。
そして、誰も守れなかったシロを。
シロはまた泣いた。
己の恐ろしさに泣いた先程とは違う。
剥き出しの哀しみのまま。
「……戻るぞ。」
床に這いつくばったままのシロにキッドが声を掛ける。
「………戻る、って……何処に…?」
泣きはらし、腫れぼったい瞳のままシロがボンヤリ訊ねれば、キッドは鼻をフンっとならし呆れたように言い放つ。
「海賊が戻るっつったら船だろうが。」
言ったとたんシロの体がひょいと担がれる。担いだのはワイヤーだ。
大きなワイヤーに担がれるとシロの目線は目の前のキッドにぶつかった。
突然の事にいまだに目を白黒させている少年にキッドはぶっきらぼうに続けた。
「テメェが言ったんだろうが!?仲間にしろってよ!」
そう言って怒鳴ると少年から目を反らすようにさっさと歩き出すキッドに周りもぞろぞろ付いていく。
「しょうがねぇから拾ってやるよ。…ガキ。」
燃え上がる炎でオレンジに染まる空の下、海賊船は悠然と暗い海に漕ぎ出した。
シロの私怨の炎はそのままシロを見送る送り火となった。
あの倉庫から出て直ぐ、キッド達は忽〈たちま〉ち街を牛耳るマフィアのアジトを瓦礫の山に変えたのだ。シロの復讐はそれに火を放って手打ちとなった。
新しい旅立ちには少々血生臭くもあったが、それはシロの今までを考えれば当然の事にも思えた。
監獄の檻のようなこの島の事を、シロはこの先思い出さないだろう。
ただ思い返すのは母や父、姉の事だけ。
「…派手に燃えたな。」
隣で燃え盛る炎より鮮やかな男がニヤリと笑う。全うな人間が見れば卒倒しそうな恐ろしい笑顔かも知れないが、シロにとっては何より信頼に足る顔だった。
シロもまた、全うな人間では疾〈と〉うに無かったのかもしれない。
「ホラよ。」
「?」
軽い言葉と共に手渡されたのはズッシリと重い、シンプルな鞘に納められた半月刀だ。
「…いいか、それは人を殺す為のモンだ。…だがそれを振るう時、自分が何者かを思い出せ。何の為に、《これ》が必要なのか考えろ。」
「……はい!」
「強くなれ。…じゃなきゃ放り出すからな?ガキ。」
そう言って踵を反すキッドに少年が慌てて声を掛ける。
「おっ、オカシラ!!」
「?」
緊張気味に呼ばれたキッドが笑いを堪えながら振り向けば少年が叫んだ。
「俺の名前っ、シロです!シロって言います!!」
「…新米は朝から甲板掃除だぞ。さっさと寝ろ、…くそガキ。」
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべて行ってしまったキッドをシロも慌てて追いかけた。
その手にはしっかりとハンジャルが握られていた。