Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 拘束
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白い外壁が焼けつく陽射しを照り返し、その間を走り抜けるキッドを容赦なく焼いた。喉はひりつく程カラカラに渇いているがキッドは走るのを止めない。
街の通りは真っ昼間だというのに人の気配が殆どなく、すれ違った数人の住人達の昏〈くら〉い視線がキッドの心に奇妙な影を落とし始めていた。
バダンッッ!!
はめ殺しのガラスが割れるんじゃないか、
そんな勢いで開かれた扉を店の奥でぼんやりしていた店主が振り返ると、ゼェゼェと肩を大きく上下させた男が大股で近寄ってきた。
「っく、くすりっ」
そう言った後、また苦しそうに呼吸した男がぎろりと視線だけ寄越す。
「な、…なんの、薬…でしょうか?」
視線があった店主は思わずたじろぎながら答えると、あんなに荒々しかった呼吸がもう整ったのか、しかし汗だくのままの男が一気に捲し立てた。
「毒だ、解毒剤!あるだろ!?」
「…う、うちには…ありません。」
そう答える店主に男は、
キッドは、掴みかかった。
「ふざけんなっ!毒の海草に囲まれた島の薬屋に、解毒剤が無ぇわけないだろうがっっ!!」
掴んだ胸ぐらをギリギリ絞められて店主は目を白黒させながらも必死で答える。
「っほ、ほんと、に…ぐぇっ!ホントに無いん、です…」
「いい度胸じゃねぇか!?海賊には売れねぇってかっっ!!」
尚も脅す目の前の男に必死で首を振る。
「店をっ、店を見て…」
言われたキッドはそのままぐるりと店を見渡した。
並べられた棚に置かれているものはほんの少しの薬類、その他の殆どの棚はがらんとしている。
「なんだこりゃ…」
漸く手を離したキッドが空いたままの棚に近づく。
「ごほっ、ごほっ!……わかったでしょ?うちにある薬はそれだけです…」
噎せる店主に振り返りもせずにキッドは数少ない並べられた薬に手を伸ばす。
手にとっては説明を読みを繰り返すが、どれもこれも役に立ちそうにない。
「…んだよ、コレは…どうすりゃいいんだよ…」
呟いたとたんに振り返りまたしても店主に掴みかかる。
「だったら医者だ!医者は居んだろ!?テメェかっ!テメェが医者か!?」
無茶苦茶を言う、いやむしろ錯乱しているキッドに店主は血の気の引いた顔で必死に否定した。
「ちっ違います!この街には医者は居ませんっっ、」
「だったらテメェらは病気になったらどうしてんだ!」
いくらなんでも医者が居ないのはありえない。ここは人が住んでいるれっきとした街なのだ。たとえ、そこに住む者達がどんなに死んだ魚の目をしていてもだ。
「や、山の上!」
それだけ叫ぶのが精一杯なのか店主は手をばたつかせながら指差す。
キッドがその指の先を視線で追うと、小高い山の上から細く白い煙が上がっていた。
「あそこに居んだな!?…嘘だったらぶっ殺すぞ!」
「居ます!医者です!何年か前に海軍と一緒にやって来たんですっ…」
「…海軍?」
キッドは思わず舌打ちした。島に居る唯一の医者が海軍お抱えとはツイてない。
しかし、行くしか無いのだ。
選択の余地も時間も、今のキッドには残されていないのだから。
そして大股で開きっぱなしの扉から飛び出した時だった。
「なっ!?」
ガシャガシャと無数の銃の撃鉄が下げられる音。そして揃いの服を着た男達。
「キッド海賊団船長!ユースタス・キャプテン・キッド!!貴様はここで終わりだ!!」
勇ましく名乗りをあげるのは、正義のマントを靡かせた海軍の将だった。
緊迫した瞬間、背後から震える小さな声が聞こえた。
「………しょうがないんだ、アンタ等みたいな海賊をやらなきゃ…俺達はっ、俺達は生きていけないんだっ!!」
キッドが見やれば、震える店主の手に子電伝虫が握られている。
「……ふん、チンコロ(密告屋)が偉そうに。」
キッドが嘲〈あざけ〉る様に笑えば、今度こそ店主が銃を構える。
「なんとでも呼べ、…アンタだって店を見ただろう。島の回りにある毒の海草のせいで、この島には商人も寄りつかない……毒があるかもって言われて物も売れない。…この島はなぁこのままじゃ死んじまうっ!………だから、アンタ等みたいに時々やってくる海賊を捕まえて海軍に売るしかないんだ。」
それしか、それしか、
とブツブツ言い続ける店主にキッドは舌打ちする。
「チッ、島がどうだとか、テメェを正当化してんじゃねえよ。結局のところ、やってることはただの追い剥ぎだ、バカ。…だが、それで良いんだぜ?そうじゃなきゃな?」
そう言ってニタリとキッドは笑って手を振りかざす。
「…ワルモン同士なら加減は要らねぇからなぁ!!」
もうもうと立ち上る砂塵の中をゴゥッ、風を切って襲い掛かってくるのは今の今まで自分達が持っていた武器だ。
一塊になって向かってくるそれに何人もの仲間が吹き飛ばされながらも海兵が叫ぶ。
「アレだっ!アレを持ってこい!!急げ!」
そして用意された物を手に砂塵に紛れ、キッドの背後に回る。
「食らえっ!!」
そう言って向けられたのはただの銃だ。
…バカの一つ覚えか。
背後を取られてもキッドは焦りもしなかった。いつも通り能力を使えば何て事は無いのだから。
しかし、その銃から発せられたのは銃弾ではなかった。
「なっ!?」
銃とは明らかに違う、気の抜けるような、ポンっ、という音をさせて飛んできた物はキッドの目前で蜘蛛の巣の様に広がった。
驚いたキッドはそれでも素早い判断で身体をずらしながら空いている方の手でそれを凪ぎ払った。
しかし、それが不味かった。
払った手にネットが絡み付いた途端、キッドは地に膝を着いた。
がしゃん、がしゃん、と音を発てて今までピタリと腕に張り付いていた鉛の塊が剥がれ落ちた。
間髪置かずにポンっ、ポンっ、と聞こえたと思ったら腕に絡み付いたのと同じネットがキッドをあっという間に捕獲した。
海楼石の仕込まれたそれは大いに力を発揮した様だった。