Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 凶刃
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地下へ続く長い回廊を抜けると剥き出しの石で作られた大小の牢。
そこには365日、日が当たることは無い。
聞こえるのは暑い島の熱気で滴る雫の音と、うめきを漏らす囚人の声。
ジャラリ。
無法者どもを繋ぐ鎖が無機質な音をたてる。
力の入らない身体は怠くて重い。
どうしようもない脱力感が捕らえられた男を苛む。
そして項垂れたまま、小さく舌打ちをした。
「……クソ、」
微かに指先が動くだけで額をつたう汗さえ拭えずに、苛立ちだけが募っていく。
だが、彼の心は折れてはいない。
彼を支え、従う者がまだ居るからだ。
きっと自分が起こした騒ぎには気付いている筈だ。
……船は大丈夫だ。
キッドには確信がある。
…キラーの奴が上手くやる筈だ。
だが、胸の奥から湧いてくるこの苛立ちはなんなのか。
苦しそうに息を繰り返していたクルー達の顔が浮かぶ。
そして、ここには居ない彼女の事が。
「……情けねぇ……」
彼女の顔が浮かぶ時、クルーを想う気持ちとは少し違う何かが沸き上がる。
どうしようもなく疼く心と、捕らえられたままの自分に腹が立つ。
……何も、……してやれねぇ…。
そして同じ言葉を呟くのだ。
「……クソ、」
「おっ、なんだよ?今日は酒もあるのか??」
サラの持つ大きな水瓶を覗き込んだ海兵が嬉しそうに声をあげる。
どう返そうか考えていると、隣に居た連れが勝手に答えを用意してくれた。
「ま、なんたってあの《キャプテン・キッド》だからなぁ!ルーキーん中じゃ一番の賞金首。街の奴らも浮かれてんだろう?」
その言葉にサラもこくこくと、頷く。
彼女にとって地下の牢番までたどり着けたのはまさに幸運だった。このチャンスを絶対に無駄にしてはいけない。
そう意気込んでいたのだが、背後から海兵が駆け込んでくる。
「おいっ、出港だ!!」
慌てた様子のその男に、今まで笑っていた海兵の顔が厳しくなった。
「あ?何でだよ?出港は明日の朝イチだろ?」
「中将が直ぐに出港するってよ。」
「何だよ、せっかく酒があるってのに…」
なおも文句を言う仲間に男がせっつく。
「知らねぇよ、手柄を持ってって昇進でもしてぇんだろ!」
「とか言って、海賊の報復が怖ぇだけなんじゃねぇの〜?」
「だから知らねぇよ、ほらっ!とにかく移送の準備しろよ!」
「へいへい。…ところで、海楼石の錠は大丈夫かよ?」
「お前こそ何ビビってんだよ、大丈夫だって。その証拠に大人しいだろ?それに鍵は中将様が持ってるやつだけだからな。」
「はあ〜、酒はお預けかよ〜…」
ブツブツと文句を言いながら未練がましくサラの持つ水瓶を覗く。
「おい、女。酒はまた今度だ。囚人の移送をする、お前はもう帰れ。」
そう言ってここにいる理由が無くなったサラは、その場から追い出されてしまった。
……もう移送するなんて、
そしてシロの言葉を思い出す。
『海賊は捕まったら縛り首』
背筋にゾッと悪寒が走るが、サラは首を振ってそれを追い払った。
……錠の鍵は……中将が、持ってる…
とにかくそれを手に入れれさえすれば、きっとなんとかなる。
そう考えてサラは駐屯所内をこそこそと移動した。
敷地内にある広い広場が俄〈にわか〉にざわつき出す。藪に隠れていたシロもその異変に気付いた。
すっかり暗くなった辺りに目を凝らせばぐったりと項垂れたキッドが海兵達に両脇を抱えられて出てきた。
シロはその姿に歯噛みする。
自身の敬愛している者への侮辱に心が逆立った。
シロはそっとハンジャルに手をかけ、じっと機会を伺う。
海兵がそこかしこを囲むなか、斬り込むチャンスは一度きり。
失敗は許されない。
『行ってくれるか。』
そう言って託されたのは他でも無いキッドの命なのだ。
シロは息を潜めてその時を待った。
キッドがいる広場を一望できる砦から、目障りな白がちらついた。
気だるいながらも首をもたげればそこには、ニヤニヤとほくそ笑みを浮かべる海軍中将が立っていた。
「良い様じゃないか?《ユースタス・キャプテン・キッド》さんよー!たかだか石ッコロの1つや2つでそれか。」
勝ち誇ったその男をキッドは鼻で笑ってやる。
「ハッ、その石ッコロが無けりゃ何も出来ねぇゾウリムシが偉そうに…」
「何だと!?」
跪〈ひざまず〉かされても尚、不遜な態度のキッドに青筋を立てた中将が叫ぶ。
「おいっ!そいつをそこに転がせ!!」
命令されて今までキッドの両脇を抱えていた海兵が手を放す。
途端にキッドは砂地に膝をつく。それでも目の前の男を今にも噛み殺しそうな眼光で睨み付ける。
「どこまで保〈も〉つかな。」
そう言って懐から銃を取り出した。
ニタリと厭らしい笑みを浮かべた男。
その男の持つ鈍い光を放つ銀色の銃は、キッドに照準を定めていた。