Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 毒婦
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パチパチと七輪で小さな音をたてて炭が爆ぜた。その上に網を置き家の裏で採れたキノコを炙りながらちびちびと酒を舐める。
彼女がここへ連れてこられたのは何時ほどだったか。
《海軍お抱え》とは聞こえが良いが、要は囚われの身だ。
自由の無さに辟易として彼女はせめて、と海軍の駐屯所から住まいを移した。
家、兼『島で唯一の診療所』だが、そこはとんだあばら家だった。すきま風はピューピュー吹くは、雨漏りもする。
たが、彼女にとっては誰の目も憚らず好きな事に没頭出来る城だ。
今日も何時ものように、ライフワークでもある《それ》を見つめながら一杯やっていた。
大小様々な瓶や、ガラスケースに納められた美しいパーツ達。
「はぁー、癒される…」
うっとりとしながらそれらを眺めては、手の中の酒をくぴりと飲む。
眺める先にあるのは、生物の様々な部位。
尖った耳や、水掻きのついた足。
エラのついた良くわからない何かと、頭部に3つの目がついた蛇。
趣味が良いとはとても言えないそれらをうっとりとした表情で眺める彼女の瞳は黒曜石の様に美しい。後ろで無造作に束ねられた長い黒髪も瞳と同じく漆黒の色だ。
…もう、1本呑むか。
空になった徳利を逆さに振りながら、今度は熱にするか冷やにするか考える。
「よっこらしょ、」
そんな親父臭い掛け声で腰を上げた時、
ガタガタっ!
表のドアが音を発てた。
「……チッ!」
折角これから、と言うところでの無粋な訪問者に思わず舌打ちをしながら表に向かった。
「あ〜…どちらさん?」
人が住んでいるのか、と疑いたくなるボロ小屋を前にキッドは一瞬躊躇〈ためら〉ったがそれでもそこから小さな灯りが漏れているのを見て足を進める。
上半身剥き出しのまま獣道とも言えぬ様な道を疾走した所為かあちこち切り傷だらけになっていた。
前に進もうと踏み出した足は酷く重い。
小さな扉は鍵も掛かっていないのか呆気なく開いた。こじ開けるつもりで開けた扉が壁にバウンドしてキッドに返ってくる。
常なら気にも止めないその衝撃に、キッドはふらついた。
「あ〜…どちらさん?」
聞こえた声に顔を向ければ、剣呑な顔をした女が1人立っていた。
「…こいつを、………助けろ、」
サラを抱えたまま、どこぞで拾った銃口を女に向ける。
しかし、向けられた女は驚きもせずに両手を挙げて呆れた声で答えた。
「そんなモノ出さなくても、医者なんだから怪我人なら診るよ。」
「お前が、医者か…」
てっきり助手か何かだと思っていたキッドが口にすると、
「今時、女の医者なんて珍しくも無いでしょう。」
と、素っ気なく答えながら奥の診察台を顎でさす。
重い身体を引き摺りながらもキッドはサラをそこにそっと寝かせた。
女は手を洗い消毒して振り返りハサミを手にして戻ってくると、サラの血が滲んだ服を摘まみ切ろうと手を動かす。
が、
「………何?」
ハサミを持つ方の手首をキッドに痛い程握られて、顔を顰〈しか〉める。
「…こいつを死なせたら…テメェを殺す。」
医者としては目の前に横たわる彼女より、よっぽど死にかけに見える男がこんなにも力強く自分を脅すのに驚きを隠せない。
が、助けてもらうのにこの態度はどうなのか。
小さく溜め息をついて睨み返す。
「…心配しなくても、彼女は死んだりしないよ。」
そう言って離された手で彼女の服を切る。
医者の目で見れば判ること。
彼女は生死をさまようような大怪我ではない、それは出血量を見れば判断がつく。
血がついた腹をそっとガーゼで拭えば 切り傷は有るものの縫えばそれで治るだろう。
しかしそれを見て驚いたのはキッドだ。
「なっ!?」
…そんな筈はねぇ。オレはこの目で見たんだぞっ、確かに…確かにあの時…
そこまで考えたキッドの体が限界だと言わんばかりにぐらついた。
「ほら、死にかけてんのはアンタでしょうよ、さっさとそこに横になって。」