Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 離脱
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暗い部屋を手探りで進む。
裏口の扉が小さな音を発てて開いた。
外は真っ暗で部屋の中と変わらない程だ。
今夜は月も隠れている。
《解毒剤》を持った女はそのまま崖をつたい、海まで一気に降りた。
一人きりで。
「…外のヤツはオレが何とかする。」
そう言ってキッドはサラに持っていた銃を握らせた。
「使い方は分かるな?…撃つときはしっかり狙って撃て。……おい、聞いてんのか?」
勿論、聞いてはいる。
突然やって来た暗闇に恐怖しているが、意味も理解しているし、理由も分かる。そして、何よりサラ自身、先程思い知ったはずだった。
自分が傍に居ても、キッドの足手まといになるだけ、だと。
それでも彼女は頷くことが出来なかった。
暗闇よりも、外の海軍よりも、キッドから離れる恐怖が勝ってしまっている。
「っおい!」
咄嗟にサラはキッドにしがみついた。驚いたのはしがみつかれたキッドの方だ。
引き離そうとしても、どこにそんな力があるのかサラは尚もギュウギュウとしがみついた。
キッドが何を言っても聞く耳持たないのか、必死にしがみついたまま首を振る。
「………はぁ、分かった。」
小さく溜め息をついて諦めたのか彼女に持たせようとしていた銃をしまう。
「…裏口は?」
女医に訊けば、窓側とは反対側に有るらしい。
「……裏口で待機だ、合図をしたら外に出てそのまま海を目指せ。船が有る筈だ。船に乗ったらクルー達を頼む。」
「合図って?」
「…待ってりゃ分かる。」
そう言ってニヤリ、笑った顔はとてつもなく不安にさせられた。
それから程なく、凄まじい音をさせながら自分の城が半壊するのを横目に彼女は外に走り出した。
……あんの、とんでもバカ野郎は!後で覚えてなさい!
そう心の中で毒づきながら。
風を切る音と共に、木っ端微塵に砕かれた木片がパラパラと降りかかる。サラは開けてしまいそうな瞳をぎゅっと瞑〈つぶ〉ってキッドにしがみついた。
『目ぇ閉じてろ。』そう言ってサラを抱き抱えたキッドの言葉通り。
暫くして音が止んだ。
焦るでも無く、ゆっくりした歩調でキッドが歩き出すのを感じた。
暫くすると、海からの風がサラ達を撫でる。潮の香りに意識せず安堵の息が零れたのはキッドなのか、サラだったのか。
もう良いぞ、そうキッドの声が聞こえてサラは漸く顔を上げた。
辺りは静まり返り真っ暗だった。
崖から吹き上げる風が彼女の金糸の髪を絡めて巻き上げた。遥か下で岩礁にぶつかり波の砕ける音が聞こえるが目で確認することは出来ない。
奈落の底のように、足元にはただ暗闇が広がっていた。
「……オレを、信じるか?」
言われてサラはキッドを見つめる。暗闇でも燃えるような瞳が彼女を射ぬいた。
言葉は問いかけの響きなのに、その表情は答えをさも当然だと知っているような確信じみたものだった。
勿論、彼女に迷いは無い。
問われれば《YES》と答えるだけ。
とうに、この命はキッドの物なのだ。
まさに断崖絶壁、吹き上げる風が体を揺らすだけで足が竦むようなその場所で、サラは美しく微笑んだ。
瞬く間に風がごうごうと耳元を過ぎ去っていく。でも恐怖は無い。
熱い腕が彼女をきつく抱き締める。
飛び込んだ闇の先がどうなっていようとも、この熱が在れば彼女は存在していける。
崖から飛び降りた二人の姿はあっという間に闇に溶け込んだ。
今はキッドの、あの燃えるような赤もそこには無かった。