Dream・ファントムPain2
□ファントムPain 新参
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「………おい、くそアマ。何回言や分かんだ?」
常日頃から極悪な男の顔が苦虫を潰したみたいな顔になるのは、ここ最近のキッド海賊団の馴染みになりつつある光景の一つだ。
「そこは俺様の席だろうが!?」
そうキッドが何度言っても聞かない目の前の女の小馬鹿にした様な返事もその一部だ。
「毎朝毎朝このやり取り飽きない?私はもう飽きたんだけど……シロちゃん、コーヒーお代わり貰える?」
厨房の奥から聴こえる能天気なシロの返事に青筋を浮かべながらキッドは尚も悪態を続ける。
「テメェが聞かねぇからだろうがっ、このヤブ医者が!」
…またそれ?と思いながらこちらも毎朝同じ返事を返すのだからお互い様だろうか。
「たかだか、座る場所でチマチマと…ケツの穴の小さい男ね。」
そんなに小さいならその辺の椅子で充分座れるじゃない?そう続けながら見てみぬフリのクルー達の席に視線を向ける彼女は、キッドの特等席とも言える革張りのソファで朝食を食べ終わった所だ。
「キッド、良いからさっさと座れ。隣で立っていられると落ち着かない。」
そう嗜めるのもこれで何度目か、いい加減うんざりし始めているキラーもニュース・クーから視線を上げもしなくなっていた。
「それから、私の名前はダリアよ。簡単な単語も覚えられないの?」
大袈裟に呆れた顔をしながら、彼女はシロが持ってきたコーヒーを受け取ろうと手を伸ばす
が、
「あっ?おカシラ!それッ…」
腹いせにダリアのコーヒーをキッドが一息に飲み干した。
「……っ!」
余りの苦さに眉根に一層深く皺が寄る。
「……それブラックですよ…」
シロの小さな呟きを聞きながら無理やり燕下する。
隠れ(本人は隠せていると思っている)甘党のキッドには些か大人の味過ぎた。
「サラちゃん、こっち空いてるわよ?」
ダリアが少しずれて場所を譲れば、キッドの後ろに居たサラがおずおずとそこに座った。すると自然にキッドはキラーの横に腰掛ける他無い。
そうだ、キッドのムカつきはこのダリアがやって来て以来膨らみ続けているのだ。
「何でテメェがここに居やがる!?」
驚きの声を上げるキッドにダリアはさも当然の様に返事を返したのだ。
「何故って?自分で私の家をぶち壊しといて、何故だか判らないの?」
「そんなもん、クソ海軍にでも治して貰えるだろうが!?テメェはアイツ等の《お抱え》だろうが!」
「あら、その《海軍お抱え》が海賊の治療や、その逃亡にも手を貸して何のお咎めも無しに無事でいられると思う?」
「それにこの船、船医が居ないなんて本気?それで今までやってこれたならそれは『奇跡』だって事解ってる?」
そう言われてキッドは思わず言葉を詰まらせる。
この船に、
この《キッド海賊団》に医者が居ないことを痛烈に悔やんだのはほんの数時間前の事だ。
それまでだって必要な事はキッドとて感じていた。
もし船医が居れば、死なずに済んだクルー達も居ただろう。
サラの手の傷も、もしかしたらもう少し綺麗に治してやる事が出来たかもしれない。
だが、悪名高い己れの船にマトモな医者が来てくれる筈も無い。
目の前の女は《海軍お抱え》となる程の医者なのだ。ヤブだと罵りはしたが、きっと腕はそこらの町医者とは比べ物にならないだろう。
だが、キッドは素直に頷けない。
何故だろうか、最初に会った時から何故か『信用が置けない』
そう感じるのは。
腹に一物抱えてる奴は嫌いじゃない
日頃そう思っていても、この女は何かが違うのだ。
腹の中に居る真っ黒な、別の何か。
「テメェを世話する余裕なんか無ぇ、行くとこが無いんなら次の島で降ろしてやるから、好きにしろ。」
せっかくの医者の申し出を頑なに拒むキッドにキラーは不思議がる。
突然やって来た彼女が素早い処置を施すのをキラーは目の前で見た。的確に、かつ迅速に施されるそれにキラーも感心したものだった。
「キッド、前から医者が必要だと言っていただろう?何故断るんだ?」
キラーの至極真っ当な問い掛けにキッドは言葉を濁らせる。
「それは……、」
キッドにも確証としての説明等出来ないのだ。キッドの感じている何かは、云わば《勘》に過ぎない。
「理由が無いなら良いでしょ?それに、私はアンタ達の世話にはならないわよ。」
「…どう言う意味だ?」
船に乗る者達は、稼ぎが無い。
働きに応じてその《報酬》を与えられるのだ。
キッドの船なら、敵を一番に発見した者、何か有益な情報を手にした者、殺した数や、その相手。
そして敵から得たお宝などに加え月に幾らかの決まった額を支給している。
勿論それらも船の補修や武器・弾薬を調達する量に左右される。
船に乗っているのだから、陸で生活している様な安定した給金では無いが、皆それなりにやっていくしかない。
戦えない者は置いてはおけない。
それは医者でもコックでも同じだ。
そんな中でサラは例外中の例外 と言えるだろうが、彼女とて掃除や洗濯(料理や繕い物は不器用過ぎて断念した)で何とか役にはたっている。
本人はそんな事しか出来ない自分を気にしているようだが、クルー達は彼女の歌や、キッドの機嫌を良くしてくれる事を物凄く感謝している事を知らない。
それに彼女の出費はキッドのサイフから出されている。
「私は医者よ?ボランティアじゃ無いわ。」
そう言って、親指と人差し指を擦り合わせる。
「金取る気か!」
「ご名答。」
言った通り、彼女は診療代や薬の代金を訪れる者に支払わせている。その他には月に1度定期検診なるものが設けられ、半ば強制のそれにも支払いが義務付けられた。
勿論それらは陸で医者に掛かるよりかは何割も安いが。
…そんな船が他に有るものだろうか?
と、診察を受けながらキラーがマスクの下で真剣に考えたのは秘密だ。
そんなこんなで、キッドはそれ以来邪魔され続けられて居るのだ。
「はい、サラちゃん。これ美味しいから食べてみて?ビタミンも豊富でお肌がますます綺麗になるから。」
そう言ってダリアが差し出す料理をサラが戸惑いながら口にする。モグモグと咀嚼する彼女の頬をうっとりと見つめながらダリアがするりとそこを撫でた。
目の前で繰り広げられるその光景に益々青筋を立てたキッド。
本来なら自分が何時も座っていた席に座り、サラを構い倒すダリアの態度にキッドの鬱憤は溜まるばかりだ。
お陰でこっちは朝も昼も夜も、サラの隣に座る事が出来ないのだ。
ダンっ!!
「飯食ったならさっさと退け!」
机を拳で叩いて見るがダリアに嫌そうに見られるだけだ。終いには、いそいそと食事を終えたサラが気まずそうに席を立つ。
「オカシラさん。こっちにどうぞ。」
とキッドに席を譲る始末。
…いや、お嬢が退いてどうするよ…。
冷や冷やと見守るクルー達の心の突っ込みは今日も届かなかった。